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【検証】歌ってみたの始まりは「メルト」…じゃなかった!?【知花ノゾムの歌い手考】
「『メルト』投稿をきっかけに、歌ってみたでボカロ楽曲を歌うようになった」
歌い手について調べていると、こうした主張をよく目にします。同じ趣旨の文章を見たことがある人も、多いのではないでしょうか。(↓はガゼル(やなぎなぎ)さんver.)
しかしこの言説に対して筆者は、「本当にそんな事実はあるのだろうか」という素朴な疑問を持ちます。いち楽曲がそんな大きな影響を及ぼすことが、本当にあり得るのでしょうか。
そこで本記事では、この言説の真偽を検証してみました。「メルト」から始まったという言説は、本当に正しいのでしょうか——。調べてみると、意外な事実が見えてきました。
■超重要ボカロ楽曲「メルト」
「メルト」というボカロ楽曲があります。2007年12月7日にryo(supercell)さんによってニコニコ動画に投稿された楽曲で、ボカロファンの間では有名な楽曲です。
ボカロの歴史を考える上で、この楽曲はとても重要な楽曲だといわれます。具体的には、今にまで続くボカロブームのきっかけとなった曲だといわれています。
たとえば、音楽ライターの柴那典さんは、著書の中で「『メルト』は、ボーカロイドの生み出したムーブメントが、音楽シーンとしての広がりを生み出す一つのきっかけになった」と記述して、その重要性を指摘します。
また、ボカロPでもあるハチ(米津玄師)さんも、2017年の楽曲「砂の惑星」の歌詞で「メルトショックにて生まれた生命」と言及し、「メルト」をボカロブームの起源に位置づけています。
ボカロシーンにおいて、「メルト」は非常に重要な楽曲だとされてきたのです。
■歌ってみたと「メルト」
「メルト」は、歌ってみたにおいても非常に重要な楽曲だといわれます。具体的には、「『メルト』をきっかけに、歌ってみたでボカロ楽曲を歌うようになった」といわれています。
たとえば、歌い手専門雑誌『歌ってみたの本』(2010年,エンターブレイン)や柴さんの著書『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』(2014年,太田出版)などには、同様の趣旨の記述があります。
実際にどう言及されているのでしょうか。柴さんの『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』の記述を、以下に引用してみましょう。
“この曲(メルト)は、ボーカロイドが歌うために作られた楽曲を、人間がカバーする流れを引き起こしたのだ。ニコニコ動画に自分の歌を投稿するアマチュアの「歌い手」が、いわゆる二次創作や派生作品の一種としてボーカロイド楽曲を歌う。そういう「歌ってみた」動画の投稿が始まったのだ。[中略]あくまでミクのキャラクターソングだったそれまでの人気曲と違い、「メルト」は初音ミクがシンガーとしての役割を果たした曲だ。だからこそ、数々の歌い手は曲に感動したと同時に「自分も歌いたい」と直感で思った。ボーカロイドを用いて作られた楽曲を、人間が歌う。その後は当たり前になった現象が、その時に誕生したのだ。”(柴那典『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(2014年,太田出版)、161,162頁より)
文章の性質上、この部分が明確に何を主張しているのかは判然としません。が、無理やり読解すれば、以下の2通りの解釈ができます。
① 「メルト」の投稿によって初めて、ボカロ楽曲を人間が歌う現象が誕生した
② 「メルト」の投稿が、ボカロ楽曲を人間がカバーする流れを引き起こした
この2通りの解釈のいずれかが、この文章の要旨だといえます。
こうした言説によって、歌ってみたにおいても「メルト」は重要な楽曲だと位置づけられてきました。
■通説に対する疑問
しかし、この主張に対して筆者は、「本当にそんな事実はあるのだろうか」という素朴な疑問を抱きます。
というのも、この主張は、たった一曲にあまりにも大きな責任を背負わせすぎているようにみえるからです。ボカロ楽曲を歌うようになった理由を「メルト」一曲に求めるのは、無理があるように思えてなりません。
もちろん、「メルト」が重要な楽曲であったのは事実でしょう。しかし、たった一曲がそんなに大きな影響を及ぼすことがあり得るのでしょうか。
■データで検証してみる
そこで今回は、この主張が本当に正しいのかどうか、データを用いて検証をしてみることにしました。
主張の真偽を検証するため、今回はランダムサンプリングによる調査を行いました。2007年9月(初音ミク発売翌月)~2009年5月にニコニコ動画に投稿された「歌ってみた」タグが付いた動画から、各月ごとに十分な本数の動画を無作為抽出し(詳細は別記事参照)、ボカロ楽曲が歌われている動画の比率を調べました。
その結果が、以下の表です。
各月の比率の増減がわかりやすいよう、折れ線グラフで結果を示しました。縦軸がボカロ楽曲の比率、横軸が投稿月になっています。「メルト」投稿月についても注を書き入れました。
■解釈①を検証してみる
では、調査結果を参照しながら通説の検証をしていきます。
この結果を見る限り、①の「『メルト』によって初めてボカロ楽曲を歌う現象が誕生した」という主張は、事実とはいえません。
「メルト」投稿以前から、ボカロ楽曲の歌ってみたは投稿されていました。「メルト」投稿前の2007年11月には、7.9%の歌ってみたでボカロ楽曲が歌われてます。
また、①が「初音ミクが単なるシンガーとしての役割を果たしたボカロ楽曲を人間が歌う現象が、「メルト」投稿時に初めて誕生した」という意味だとしても、誤りだといえます。
10月5日投稿のボカロ楽曲「celluloid」など、キャラクターとしての初音ミクがほとんど全く意識されていないボカロ楽曲が、「メルト」投稿以前から既に一定程度歌われていました。
そもそも、キャラクター性が強いかどうかは、当時の歌ってみたで歌われるかどうかには、決定的に作用しません。
もし、それによって歌われるかどうかが決まるなら、キャラクター性の強い楽曲の典型であるアニメソングが歌われることはないでしょう。
しかし実際には、アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」関連楽曲「まっがーれ↓スペクタクル」や「雪、無音、窓辺にて。」等が、当時の歌ってみたでは非常によく歌われていました。
したがって、①「『メルト』の投稿によって初めて、ボカロ楽曲を人間が歌う現象が誕生した」という主張は、正しくないといえます。
■解釈②を検証してみる
②の「『メルト』がボカロ楽曲を人間がカバーする流れを引き起こした」、という主張にも疑問符が付きます。
調査結果によると、「メルト」投稿以後にボカロ楽曲の比率が伸びなくなったり、下がったりした時期が存在します。とくに2008年は、ほとんど比率が伸びていません。
たしかに、「メルト」投稿の影響で2007年12月のボカロ楽曲の比率が上昇したという事実はあります。ですが、他の楽曲が投稿された際にも比率が上がったことはあります。
そもそも「流れを引き起こした」という言葉の意味が不明瞭ではありますが、これを見る限り、ボカロ楽曲と歌ってみたが結びついた理由を「メルト」だけに求めるのは、不正確だといえるでしょう。
ただし、「メルト」の影響で人間が歌いやすいボカロ楽曲が増え、その影響でボカロ楽曲の歌ってみたが増えていった可能性はあります。(というか筆者自身、そうではないかと思っています。)
ですがその場合、「メルト」が歌ってみたに与えた影響は間接的なものになります。そうであっても、②の「『メルト』がボカロ楽曲を人間がカバーする流れを引き起こした」という主張は、やはり不正確です。
■結論:通説は不正確
したがって、「『メルト』投稿をきっかけに、歌ってみたでボカロ楽曲を歌うようになった」という言説は、①②のいずれの解釈をしたとしても、不正確だといえます。
もちろん、これで「メルト」の重要性がすべて否定されるわけではありません。たしかに通説は不正確ではありました。しかし、「メルト」が歌ってみたにおいて重要な楽曲だというのは、筆者自身も同意するところです。
なら、歌ってみたと「メルト」の本当の関係はどのようなものなのでしょうか。当然、次はこんな問いが浮かび上がってきます。
その疑問に答えるべく、次の投稿ではこの問いについて考えてみたいと思います。(次回は7月13日頃に公開予定)