歌い手の意味って何だろう?という至極単純な問いに誰も答えられない【歌い手史を作るプロジェクト】
歴史は記録されることによって、初めて歴史となる。その言葉が本当だとするならば、これは“歌い手”と呼ばれる存在の歴史を作る作業なのだろう。
かつて歌い手と呼ばれていた存在、という方が正確だろうか。
ネットの大海に漂う名も無き活動者から始まり、彼らは徐々にメジャーシーンへ羽ばたいていった。音楽チャートにもランクインするようになり、2021年には東京ドーム公演まで成し遂げる。
その軌跡は、夢幻かのごとく輝いていた。
しかし、ひとつだけ不思議なことがある。
「歌い手って何?」って聞いても、誰も答えられない。
ファンを自称する人も。音楽ライターを名乗る者も。自らを歌い手と称するユーザーも。
歌い手という言葉を使うわりに、その意味がわからないのだ。
◆NHKも、専門誌すらも
「意味なんてそこらじゅうで説明されてるだろ。お前の眼は節穴か?」。そんなツッコミをいれたくなった人もいるのではないでしょうか。
・・・・・・たしかに果敢にも説明を試みているメディアはあります。
日本の公共放送であるNHKは、2021年12月放送の番組で、歌い手をこう説明していました。
説明を語句の先にくっつけてちょっと曖昧にしておこうという意図が透けて見えますが、NHKによれば、ボーカロイド曲(ボカロ曲。以降、同表記)を歌うことが歌い手の特徴なのだそうです。
けれども、これは明らかにおかしい。
ボカロ曲を歌っていなくとも歌い手と呼ばれているユーザーは、いくらでもいます。たしかに最近はあまり見かけませんが、それでも存在してはいます。過去に遡れば、それこそ山ほどいます。
NHKの説明は、明らかに誤っています。
「NHKなんてあてにできない!」と声高に叫ぶ人もいるかもしれないので、もう一つ紹介しておきましょう。今度は、歌い手を題材としたムック本「歌い手デビューしちゃいなよ☆」(エンターブレイン、2012年)の説明です。
この雑誌によると、ニコニコ動画で歌うことが歌い手と呼ばれる条件なのだそうです。なるほど専門誌がそう言うなら、それで間違いないのかもしれません。
でも、やっぱりこれもおかしい。
ニコニコ動画に投稿していないのに歌い手と呼ばれるユーザーは、ボカロ曲を歌っていない歌い手の比にならないほど多く存在しています。
紅白歌合戦に出場した歌い手の “まふまふ”ですら、数年前からニコニコ動画には投稿していません。専門誌ですら、おかしな記述をしているのです。不思議ですね。
◆どうしてこんな事態に?
どうしてこんな不思議なことが起こっているのでしょうか。
その答えは至極単純。歌い手という肩書がひどく不安定なものであるために、その意味が時代によって少しずつ変化しているからです。
詳しくは後述しますが、歌い手という肩書は、誰かがその意味を定めて「これを使え」とか言って広まった言葉ではありません。
そうではなく、ネットユーザーたちが勝手になんとなく使い始めた言葉なのです。それが引き継がれていただけにすぎません。
適当に使い始めただけなので、その意味を形づくっているのも、その言葉を用いる人たちの何となくの共通認識でしかありません。人間の認識ほど移ろいやすいものもないので、その歌い手の意味を支えているはずの人々の共通認識も、当然ながら移り変わります。
その結果、歌い手という肩書の意味は、時代によって少しずつ変わっていってしまったのです。
たとえば、先ほど引用した「歌い手デビューしちゃいなよ☆」の説明について。筆者は先ほどこれを否定しましたが、この本が世に出た2012年当時においては、実はほとんど間違っていません。当時、歌い手という肩書は大抵の場合、ニコニコ動画で歌う人を指して使われていました。
NHKの説明も同じです。筆者は、過去の歌い手に言及することで、あたかもNHKが大チョンボをしでかしたかのように演出しました。
しかし、2022年現在に歌い手と名乗るユーザーを見てみると、筆者が“たしかに最近はあまり見かけませんが”と大変苦しい言い訳をしたように、歌い手と名乗りながらボカロ曲を歌わないユーザーはほとんど見かけません。
時代によってその意味が変わっているからこそ、やろうと思えばいくらでも難癖がつけられるのです。
◆どう意味は変わったのか
この前提が共有できたときに次に浮かんでくる問いはなんでしょう。当然、「どんな風に意味が変わっていったのか?」という疑問です。
歌い手という肩書の意味は、いったいどのような風に変化してきたのでしょうか?
その説明をするのが、この記事【歌い手史を作るプロジェクト】というわけです。
次に続く文章では、歌い手という肩書の意味がどのように変化したのか、その変化の過程が綴られています。
歌い手と名乗る人々が現れ、広まり、どのように変質していったのかが、それに翻弄された人々の感情とともに記されています。
これを読めば、歌い手という肩書の変容の過程が、ひとまずわかっていただけると思います。
一応、先に結論を求めてしまう人に配慮して、目次を次に置いておきます。
(これでもマスコミの人間なのですが)筆者の見出しの付け方には全く芸が無いので、この目次だけでもなんとなく内容はわかると思います。
この文章の裏の目的として、なぜか誰もやらない「歌い手の通史を記述する」という目標があります。そのため少し本題から逸れている章もある(とくに序盤)のですが、ご了承ください。
その代わり、歌い手についての前提知識がなくとも読めるようになっています。
前置きが長くなってしまいましたが、この文章がより多くの人の目に触れ、歌い手という存在への理解が深まることを祈っています。筆者の拙い文章ではありますが、しばしお付き合いいただけますと幸いです。
※なお本文において、その時点ではまだ存在していなかった名詞を使う場合があります。読みやすさ、理解しやすさを考慮してのものです。
また、差別的で不当な表現が一部に登場しますが、それらはあくまで歴史的事実として記述したものであり、筆者にそのような表現に賛成する意思はありません。
→【コラム】歌い手の起源はニコニコ?2ちゃんねる?【歌い手史を作るプロジェクト】
→【歌い手史2006】ニコニコ動画の誕生 ゴムのおっくせんまん 遊びの如く、祭りの如く
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