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最後のクローザーかもしれない

1月21日、ヒューストン・アストロズなどで活躍した救援左腕投手のビリー・ワグナーが、野球記者投票によりMLBの栄誉の殿堂に合祀されることになりました。栄誉の殿堂選出の資格には10年間という期限が定められているのですが、ワグナーは、その10年目にやっと選出されたのです。現役時代のビリー・ワグナーは、100マイルに達する速球と、凶悪な変化をするカーヴボールとで三振を奪うクローザーとして知られていました。16年間の現役生活で、853試合全てに救援として登板、史上第8位の422セーヴ、通算防御率2.31、1イニング当たりの奪三振数が1.3個などの数字が目を引きます。

しかし正直なところ、ワグナーが栄誉の殿堂に選出されるかどうかについては、難しいかもしれないという思いもありました。MLBにおけるクローザーに対する評価というのは、非常にあいまいなところがあるからです。クローザーという役割が誕生したのは、セーヴが公式記録となった1969年と言ってよいでしょう。1992年に栄誉の殿堂に合祀されたロリー・フィンガーズは黎明期のクローザーで、通算341セーブを挙げています。選手会のストライキにより変則シーズンではありましたが、1981年にはMVPとサイ・ヤング賞を同時受賞するという快挙も成し遂げました。こうした実績のおかげでしょうか、フィンガーズは資格取得からわずか2年で栄誉の殿堂に合祀されました。ところが、やや遅れてMLBのリリーフエースとなったブルース・スーターは資格取得から殿堂入りを果たすまでに13年、リッチ・ゴッセジは9年かかりました。スーターもゴッセジも通算300個以上のセーヴを記録してはいるのですが、フィンガーズとは随分と扱いが違うようです。

クローザーの殿堂入りの話題となると、必ず名前が挙がったのはリー・スミスです。1997年に18年間の現役生活を終えた時にスミスは、当時の最多記録である478セーヴを積み重ねていました。しかしその数字は、全く評価されなかったのです。当時は殿堂入り資格喪失までの期限が15年ありましたが、その15年間で、得票率が50%を超えたのは一度きり。そしてなお悪いことには、21世紀に入ると、スミスの最多セーヴ記録を更新する投手が二人も現れたのです。2006年にスミスの記録を破ったトレヴァー・ホフマンは史上第2位の601セーヴをマーク、次いで2008年にスミスの数字を上回ったマリアノ・リベラは、さらにホフマンの記録も超えて史上最多の632セーヴを挙げました。ところがここでもおかしなことが起こります。リベラは資格取得の最初の年に、しかも史上初の満票で栄誉の殿堂に選ばれましたが、ホフマンが殿堂入りするまでには、資格取得から3年かかりましたし、得票率は、規定である4分の3をわずかに上回る79.9%にとどまっています。この差はどこから来るのかと思わずにはおられません。その一方で、スミスはどうなったでしょうか。これでは気の毒だと思われたのか、野球記者投票による選出資格を失った2年後の2019年に、ヴェテランズ委員会の選考によって救済されて、殿堂に合祀されることになりました。とは言え、それまでのスミスに対する扱いは、全くフェアではなかったと今でも思っています。

最初に書いたとおり、ビリー・ワグナーの通算セーヴ数は、このリー・スミスよりも少ない数字です。それでも合祀に値すると判断される決め手になったのは、左腕のクローザーだったからではないか。MLBでは左腕のクローザーが非常に少なく、300セーヴ以上を記録した31人のうち左腕はわずか4人という希少性が加味された可能性はありそうです。もっとも、ワグナーより多い424セーヴを挙げたジョン・フランコという左腕投手がいますが、フランコは資格取得初年度の得票率が少なかったため、その年に殿堂入りの資格を失っています。フランコは、40セーヴ以上をマークしたことも、投球回数を上回る数の三振を奪ったこともない、どちらかというと地味なタイプの救援投手でした。それが、殿堂入りには物足りないと思われたのでしょうか。

さて、ワグナー以後、クローザーが栄誉の殿堂入りすることができるかと聞かれれば、その可能性は限りなく低いと答えます。現時点でワグナーを上回るセーヴ数をマークしているケンレイ・ヤンセンもクレイグ・キンブレルも、100マイルをゆうに超える速球で抑え役に定着した左腕アロルディス・チャプマンも、現在のシーズン最多記録である62セーヴをマークしたフランシスコ・ロドリゲスも、数字の上では殿堂入りにふさわしいと思われるかもしれません。しかしこれまでにも、優れた記録を収めたことのある数多くの有能なクローザーが、フランコと同じように、殿堂入りの資格を取得した年にその資格を失うという憂き目を見ているのです。だから、クローザーの栄誉の殿堂入りは、野球記者の考え方が劇的に変化しない限り、ビリー・ワグナーが最後になるのではないかと思うのです。

これほど評価の定まらないクローザーという仕事を生涯を続け、ようやくMLB栄誉の殿堂に合祀されることになったビリー・ワグナーに、改めて拍手を送りたいと思います。

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平希美
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