お礼参りに呼ばれた感じ
この秋に日本に一時帰国した際に、毎度縁切神社にお参りするだけではなく、なんだか新しい名所を開拓したい気分になった。だいたい京都内の興味のある場所には行き尽くしたので、どこに行こうか考えあぐね、やはりここは地元民の意見を取り入れるべきだろうと、友人数人にオススメスポットを尋ねることにした。友人たちが提案してくれた場所はいくつかあったのだが、ひとつだけ共通して勧められた場所があった。伏見稲荷大社である。
私は今回、コンクールのために帰国していたために、観光に残された時間はコンクール終了後の1日のみ。1日で、縁切神社を含む2ヶ所にお礼参りをし、余った時間でおニューなスポットに行かねばならない。ひとつめのお礼参りを午前中に終え、ふたつめの縁切神社のお礼参りを終えた時には、すでに午後3時をまわっていた。夕方に神社を参拝するのはあまり好きではなく、やはりこのまままっすぐ帰るか・・・それとも近場でさっと何か食べてから帰ろうか。縁切神社の近くには八坂神社があるし、今回はそこへ立ち寄ろうか。悩んだのだけど、なぜか足が伏見稲荷へ向いてしまった。八坂神社に背を向けて四条まで歩き、地下鉄に乗る。今回は大阪に滞在しているので、もし気が変わったら、伏見稲荷では降りずにそのまま大阪へ向かえばいい。
伏見稲荷の駅は、賑やかで楽しい造りになっており、プラットフォームから神社が始まっているかのようで、ついつい下車してしまった。駅の案内板を見ると、伏見稲荷大社の参拝マップがある。マップの中に「芸能・芸事の神様」の文字を見つけた私は、まだ空も明るいことだし、この芸事の神様に挨拶だけでもしてから帰ることにした。通りすぎたマップを、また戻って3度ほど見返し、その芸事の神様が伏見稲荷のお山の中腹にあること、名前が「田中大神」であることを確認し、参道へ向かった。
昼食の時間を過ぎてしばらく経っていたので、たこ焼きでも買おうと、たこ焼き屋に寄ってみた。1パック250円なんて、ニューヨークの物価と比べると天国のようだ。お店のおじさんに、「1パックください」と申し出る。おじさんは「2パック持ってって!」と、なんとも太っ腹なオマケをしてくれた。このたこ焼き屋で、ついでに手作りのマスクも3枚購入し、全て合わせて千円であった。お会計は千円以上だったのだが、おじさんは端数を切り捨てて「いいよいいよ、もうお店閉めて帰りたいの」と笑った。おじさんが太っ腹すぎるのか、伏見稲荷が私を歓迎しているのかは定かではないが、なんとなく良い気分になり、疲れていた足取りが軽くなった。
さて、伏見稲荷に到着した私は、まず大きな本殿で手を合わせた後、意気揚々と山登りを始めた。しかしこれがなかなか、大変な道のりである。はじめは森の新鮮な空気を吸い込んでリフレッシュしていたのだが、次第に傾斜はきつくなり、階段が増えてくる。目的地である山の中腹に到着する頃には、すっかり息が上がっていた。
さて、私の目的である芸事の神様「田中様」はどこだ?と探すも見つからない。てっきり、大きく看板を掲げているものと思っていた。そこで社務所にて尋ねることにした。社務所にいたお姉さんは「芸事の神様の田中様ですか・・・?聞いたことないですね」と首を傾げ、奥から男性を呼んできた。務めている男性も、はてなマークが頭上に浮かんでいるような顔をして「田中ノオオミカミ様は下の本殿にいらっしゃいますよ、この辺りには確かに田中様が祀られていますが、違う神様ですし、この辺りの田中様が芸事の神様ということはないですね」とおっしゃった。「駅にあった案内図で中腹ってなってたんです、何回も確認したし」と言っても、彼らは首を傾げるばかりであった。
タナカ違いかよ!そして既に本殿は参ったよ!私はダイエットしにこの山に来たんかい!と心の中で一人ツッコミを入れ、山登りにもほとほと疲れていたので、中腹にある商店で水飴など頂いてから下山することにした。中腹から見渡した京都の景色は美しく、まあダイエットのためにこういうのも悪くないか、など考えながら、たこ焼きを頬張った。中腹の田中様のお社も発見し、「どうも、田中違いでした」と手を合わせ、来た道とは違う、下山者用の道をくだって行く。
下山用の道中にも、様々な神様がいらっしゃり、珍しいものを見学するような気持ちで楽しんだ。お稲荷様は狐の神様ということもあり、油揚げをお供えされることも多い。そして、その油揚げには猫たちが寄ってくる。自然と、お稲荷さんの周りには猫が集まるので、この道中でも何度も猫を見かけた。猫が集まってくるお稲荷さんが、私は好きである。うきうきしながら猫を写真に収めていると、「豊川稲荷」の文字が見えた。
はて、豊川稲荷と言えば、私は昨年、ニューヨークに渡る前に、東京赤坂にある「豊川稲荷別院」を訪れたことがあった。まさかここが本院なのか?のぞいてみると、なんとここが赤坂の豊川稲荷の本院だと書いてあるではないか。そういえば、豊川稲荷別院の御守りだって持っている。そして別院にお参りした後、そのご利益も大いに感じていた。お稲荷さんは、今回の日本滞在では東京に行く予定がない私を、ここまで呼んでくださったのだろうか。何にせよ、嬉しい偶然である。ここへのお礼参りで、私の今年のお礼参りは無事終了することになる。タナカ様まわりの勘違いが、ここへ導いてくれた。
豊川稲荷でお礼を述べ、なんだか一仕事終えたような気分で帰途についた。急に狐に親近感が沸いたので、帰り道では可愛い狐のマグネットを買って、家の冷蔵庫にくっつけておくことにした。
この時たこ焼き屋で購入したマスクは、アメリカに戻った後もほとんど毎日のように活躍しており、デザインも和風ながらおしゃれなので、ニューヨーカーたちによく褒められる。先日はついに小さな子供にまで「Cool!」と言われる始末。
また新たなお気に入りのお参りスポットを発見した、うれしい帰国となった。
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