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古民家と家族

昨日、故郷に到着した。
「生まれ育った場所」ではないが、故郷のような場所。

今年「世界文化遺産」に登録された金山がある島、佐渡。
島の話はまたいつかするとして、今回は家の話をしたい。

私たちの家族の中で「佐渡の家」と呼ばれているこの家は、かつて祖父母が住んでいた。
祖母の出生の地は、福島らしいが佐渡に疎開した。

「疎開」
そう、祖父母はもういないのだが、生きていたら100歳を優に超えている。
祖父は警察官だったが「戦争に行ってケツに矢が刺さって帰ってきた」と孫たちに話し、私は〝戦争〟を学ぶまで祖父の話を信じていた。

祖父母がどのくらいここに住んでいたのか詳しくは知らない。
父方の祖父母だが、父の出身は東京なので74年前には祖父母は東京に住んでいたことになる。
佐渡の家は父が生まれる前に、祖父母が住んでいたということなので築74年は経っていることになる。

夏になると祖父母、私の家族、従兄弟たちが佐渡の家に集合した。
全員揃うと10人になる。

昔々は2回建ての2DKだった。
台所、台所の真上に6畳くらいの部屋。
台所から廊下を挟んで居間がひとつ。
トイレは汲み取り式だった。
それから蔵。

私が3歳くらいの時(多分)、増築した。
居間の隣にもうひと間増やし、蔵の前に廊下を作り、居間から蔵へ室内を通っていけるようにした。
部屋数が増えて快適になった。
でも、この時もトイレはまだ汲み取り式。

蔵の2階が子どもたちの寝る部屋だった。
蔵の2階はカビ臭いけど、秘密基地感があって大好きだった。
蔵はとても涼しい。
叱られると蔵に閉じ込めると言われていた頃もあった。
ひどい脅しだ。
教育的に絶対言っちゃいけないと思う。

すぐそばの家に歳が近い子どもがいて、いつも遊んでもらっていた。
当時は酪農をしていて、毎朝ナベを持っていくと搾りたての牛乳をくれた。
これがめちゃくちゃ美味しかった。
この家は、うちの佐渡の家より作りが古くて、当時は五右衛門風呂でトイレは外だった。

佐渡の家のトイレは気がついた時には水栓になっていた。
夏の汲み取り式トイレは本当にもうアレなので、かなり快適になった。

ここに移住しようか悩んでいる。

まず、外に置いている二槽式洗濯機を買い替えるかどうか考えないと。


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