原因を自分の中に探すと意外としっくりくるぞと感じている話
なんで分かってくれないの?
どうして伝わらないの?
ていうか、バカなの?
そう感じることって、実生活の様々な場面であります。
けど、最近ふと思うんです。
二歳児とか三歳児に原因を求めても仕方ないように、相手が三十歳だろうが四十歳だろうが、もはや一緒だなと。
相手を二歳児・三歳児同等に扱って優位に立とうということを言いたいわけじゃありません。
また、相手に期待しないというととてもドライな感じがするけど、それともちょっと違って。
他人と何かをする以上、相手との経験、理解力、物事への捉え方に齟齬が出るのは仕方ないことと、まずは認識しようと思って。
その際に、伝わらない原因を相手側に置くと、もはやどうしようもないわけだけど、自分側に置いたら納得しやすいなと。
つまり、相手の経験、理解力、物事への捉え方が悪いと考えてしまうと、もはや改善のしようがないわけで、お互いにベターな未来を創るためには、その相手が納得出来るロジックをどうやって展開するかが鍵だなと思うわけです。
相手を変えようなんて、おこがましいなと。
というか、相手を変えるのはコスパが悪い。
時に何十人、何百人を変えなきゃならんことになるので。
変えるなら、こちらの戦略だろうなと。
その方が手っ取り早いし、自分の意思でなんとか出来る。
なんだかこちらが優ってること前提のような言い方に聞こえるかもしれませんけど、逆も当然あって、相手が納得出来るロジックを立てられないならば、こちらが足りてないと理解する手立てにもなるわけで。
バカとかアホとか、相手を断罪することは容易いけれど、そんなバカやアホすらも納得させられない自分はもっとバカでアホなんだと考えたら、少し楽になる気がします。
なんてことをブーメラン的に我が身に感じている夜中の覚書。
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