#25 通じ合えるとき
「お変わりないですか?」
回診の際、主治医が毎度尋ねるけれど、こちらも応えは変わらない「大丈夫です」。でも、日を追う毎に何故か緊張する。
思い返せば、手術から3日経った夜の事だった。
もう寝よう、という頃にノックの音。部屋の照明も落としてある。
「ちょっと今大丈夫ですか」と、部屋に来たのは主治医だった。
なんでこんな時間に来たんだろう。さっき、回診にも来たじゃないか。
「お変わりないですか。」
―――今。言わなきゃ、お礼を。自分でも驚くほど素直にそう思った。
「手術の前の日、不安で仕方なかったんです。でも、最後先生が来て、大丈夫ですから、と言ってくれて少し落ち着きました」
そう告げた。
…僕、家族がいるんです。
唐突に主治医は話し出した。
何年か前に腫瘍が出来て。今はもうなんともないんですけれども。僕も助手として入っていて、執刀医は今回と同じ大先生で。成功したんですけど、3日後に突然急に自分の名前が思い出せなくなっちゃって。
だから、気になって。
電気もつけず、真っ暗なままただ聞いていた。そこから何を話したか、話さなかったのかよく覚えていない。
でも、伝わった。そう思えた。
私の名前は。ちゃんと、言えます
大丈夫です。思い出せます。
同じ人に手術してもらった人同士って、何十人も何百人もいるだろうけど。何だか遠い親戚のような、不思議な感じがする。血のつながりはないけれど、生きていられる理由が同じなのだから。
おやすみなさい。
会う事もないだろう先生の家族も、元気でありますように。
祈りながら眠った。