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散文日記「鉄扉を開ける時、一瞬ためらう」
・夜、ゆりかもめに乗っていると、汐留あたりで一生縁がないんだろうなというような巨大ガラス張りビルディング群を窓から望むことができる。外が暗い分、煌々と照らされたオフィス内の様子が確認できてしまう。一体内装にいくら注ぎ込んだんだというような華やかなオフィス空間で何やら社員達が丸テーブルを囲んでミーティングをしている姿が映っている。丸テーブルとは小癪な。令和を生きる企業戦士の自覚があるのならば、オカムラ製の四角い長テーブルを使い給え。その丸テーブルよりずっと安くて使い勝手がいいぞ。まったく、最近のエリート層はけしからん。
・彼らは車窓から覗き見る僕らを多少なり意識しているに違いあるまい。「巨大ガラス張りビルディングで丁々発止の議論を繰り広げる僕たち私たち」を表現したい自意識がひしひしと伝わってくるぞ。でなければあんなにシャッターを全開にするわけがない。
そんな彼らに僕は心の中でこう呟いてやったのさ。「お先に失礼します。」ってね☆(ゝω・)v
・去年まで働いていた会社では勤務先が工場だった。工場という場所は何かと現実から浮世離れした奇妙奇天烈な空間で、その異世界感は興味深いものがあった。ムリ・ムダ・ムラをなるべく排除し忙しなく動き続ける組立て現場に「原点回帰」とだけ書かれた先代社長の格言がいつまでも壁に貼られていて、もう誰も気に留めていないのかなりムダだな〜と思ったり、パートのおばちゃんが昼休みに食堂の席を真っ先に占拠するので、正社員は食堂が使えずそれぞれのデスクでお昼を食べるのが暗黙の了解になっていたり、朝のラジオ体操がキビキビできない社員はラジオ体操専用の生活指導員から午前中いっぱい特訓を受けさせられたり、とにかくエキサイティングなイベントが盛りだくさんだった。辞められてよかった。
・その工場には「ドアノブを握ると絶対に静電気が流れる鉄扉」があった。その鉄扉を開けないと自席に辿り着けなかった私は、毎日毎日静電気の被災者になっていた。そのせいもあってか、未だに鉄扉を開けるとき一瞬躊躇してしまう。良くないパブロフの犬が自分に教え込まれてしまっている。今後抵抗なく鉄扉のドアノブを握れるようになるためには、しばらく「静電気が起きない鉄扉」を握り続けて学習し続けていく必要がありそうだ。
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