何故だろね?
電車の中で騒いでいる外人がいた。
男は俺よりはるかに長身で、190はあったろう、痩せぎすで、古着のリーバイスに濃紺の防水パーカー。三十代後半くらいで、かなりの酔っぱらいだった。
もうな、完璧なヨッパライだった。
そんな奴が混雑時、片っ端から乗客を捕まえては『ナゼデスカ〜?』と、なにかを聴いて回っている。
「ナゼデスカ〜?アナタもマスク?コノ人モ〜マスク?ナンのためデスカ〜?ワカラナーイ?効果アリマスカ〜?意味アリマスカ〜?」
と。どうも反マスク派に属している様子。
観察していると、男はコロナとマスクについて言いたい事が色々あるようだが、ここは日本。相手にする奴なんざいやしなくて、乗客達は皆、男に対して完全無視を決め込む。
今や、ヨッパライに優しい奴って、日本では滅多にいないから。絶滅危惧種だ。
で、男はそれがさらに気に入らない。だってさ、無視されると苛つくもんだ。アルコールも手伝ってか、次第次第に逆上し始めている。
でも、何故ですかと聞くが、フランスではコロナワクチンを中傷するだけで最大750万円だかの罰金を科すとか聞くし、アメリカでもMRAワクチンを射たなかったトラック野郎達が銀行口座を凍結されたりしてるじゃん。形は違えど日本に限った話しじゃないんだけどな。そうだろ?
それに日本人の無表情とマスクはムチャクチャ相性が良いという特異な理由は、どうしたって話しが長くなる。面倒くさい。説明する奴なんざいない。いやしない。
とか、考えていると、いつの間にか男は俺の前に立ち、酒臭い息を吐きかけてきていた。
「アナタ、マスクしてない。何故デスカ?」
男の瞳は青かった。
面倒だが俺は答える。
「まず、何故マスク?って事だけど、マスクをしてるってのは、周囲に対して日本政府に忠誠を誓ってる証明になるのさ。だからしている」
「チュウセイ?」
「日本政府に対しての危険人物じゃないって証明だな。言う通りにしてますよ、良い子ですよ、密告しないでくださいってな」
「オウ・・・」
案外、人の話は聞くガイジンだった。普段は物静かな男なのだろう。
「でな、ルールを作ったら監視する人が必要だろ?・・・って考えると、マスクをしてない俺はどんな人だと思う?」
俺はリュックからパッケージされたマスクを出すと男に渡した。
「日本も行方不明者はけっこう多いぜ?」
彼はマスクを黙って受け取った。
その後、追いかけてきたので八王子の居酒屋で夕飯を一緒に喰いながら、ブルース・スプリングスティーンの故郷が失業者や不法移民、ジャンキーで荒廃しまくってる話を聞き、俺は乞われるままに日本刀の柄の長さや反りの意味とか、魚の焼き方等(焼き魚はあらかじめの予熱が命である)を語った後、二人で製薬会社の陰口をたたきまくった。
奴の言う通りだ。
俺も始終、世間が狂ってるのか自分が狂ってるのかがわからなくなる。