
《光速度不変の原理》が驚くほど面白い…という記事の設問の答え!(^^)!
まずは、前回の記事の設問のおさらいから
なお、この部分は、前回の記事を読んでいない人のためのものなので、「前回の記事を読んでいるので必要ない」という人は ※ のところからお読みください。
前回の記事で私が「光速度不変の原理の奇妙さ、面白さ」として紹介していたのは、以下のことです。
(話をわかりやすくするために、あなたを主人公とした話にしています)
↓
あなたは未来の世界のエンジニアで、宇宙空間に作られた、宇宙ステーションと惑星をつなぐ一直線に伸びたチューブ状の道路にいます。
あなたの手には光の速度を測定する装置が握られていて、あなたの遥か前方にはライトを点灯した車が止っています。
そこはテクノロジーが今よりはるかに発展した未来の世界なので、あなたの遥か前方の車は、エンジンのスイッチを入れた瞬間に、加速なしで秒速1万キロメートルの等速で走ることが出来ます。
あなたはそこで、車のライトが発している光の速度を測定しようとしています。
何のためかというと、あなたは自分の作った光の速度を測定する装置を使って《光速度不変の原理》が正しいのかどうかを確かめたいと思っているのです。
あなたはまず、測定装置が正常に作動するかどうかを調べるために、車が止まっている状態でライトの光の速度を測定してみます。
すると、秒速30万キロメートルという正しい速度が表示されました。
(光の速度は 299 792 458 m/sと定義されていますが、正確な速度で話を進める必要はないので、ここでは秒速30万キロメートルとして話を進めていきます)
これによって装置が正常に作動しているということがわかったので、次に、車をスタートさせ、秒速1万キロメートルの速度であなたの方に走って来る車のライトが発している光の速度を測定します。
この結果がどうなるかというと、常識的に考えれば、秒速30万キロメートルの速度を持っている光を発しているライトが、秒速1万キロメートルの速度で自分の方に進んでいるのですから、そのライトが発している光の速度を測定すると《光の速度》+《車の速度》=秒速31万キロメートルとなるはずです。(車のライトから発せられた光は、車のライトから離れた後も、慣性の法則によって車と同じ速度で前方に運ばれていくためです)
しかしそうはならずに、あなたの手にしている測定装置はその光の速度を秒速30万キロメートルと測定するのです。
次に、車をバックで、あなたから遠ざかる方向に秒速1万キロメートルで走らせて、その車のライトが発している光の速度を測定してみます。
今度は、常識的に考えれば、《光の速度》-《車の速度》=秒速29万キロメートルとなるはずです。
しかし、そうはならずに、秒速30万キロメートルと測定されるのです。
それだけでなく、光源を固定した状態で、あなたの方が秒速1万キロメートルで走っている車に乗って、光源に近づきながら測定しても、遠ざかりながら測定しても、測定装置が測定する光の速度は変わらず、秒速30万キロメートルなのです。
そのとき問題となるのは、「なぜ光の速度は変化しないのか」「なぜ光の速度にだけ、そのような奇妙なことが起こっているのか」「なぜ光は、光源を、どのような方法で、どのような角度に、どのような速度で動かしながら測定しても、また、光源を固定したまま測定装置を、どのような角度に、どのような速度で動かしながら測定しても、速度は秒速30万キロメートルのままで変化しないのか」ということになります。
この答えを見つけ出すことが出来たのは、アインシュタインただ一人なので、アインシュタインがその答えを記述した特殊相対性理論を知らない人が、いくらこの問題を考えたとしても正しい答に辿り着くことはできないことになります。
それを前提に、ひとつ前の記事で皆さんにこの問題を考えてもらうように促していたのは、これを興味深く感じ、面白がってもらいたかったからです。この話だけでなくアインシュタイン以降の量子力学の発見や天文物理学、原子核物理学全般に興味を持ってもらい「面白い」と感じて欲しかったからです。
※ 以下は「光の速度はなぜ不変なのか」ということの答えです。※
光の速度を不変にしている自然法則(言い換えるなら、「秘められた自然の仕組み」)は二つあります。
その一つは、動いているものを流れている時間の経過速度は、静止しているものから見た場合、遅くなっているということです。
どれだけの速度で動くと、どれだけ時間が遅くなるかは、アインシュタインが発見した式で計算できます。
そして、その式を計算することによって導き出される通りの時間の遅れが現実の世界で起こっていることは、すでに多くの実験や観測で確かめられています。
例を挙げると、宇宙からは様々な高エネルギーの素粒子(宇宙線)が飛来していて、そうした宇宙線は大気と衝突することで散乱しエネルギーを失うため、私たちは健康に暮らすことが出来ているのですが、そうした宇宙線の中に多く含まれているものにミュー粒子という非常に寿命が短いものがあり、理論的には地上にたどり着くまでに放射性崩壊して他の物質に変わってしまい、地上で観測されることはないはずなのに、実際には地上で数多く観測されているということがあります。
これは光速に近い速度で飛来しているミュー粒子を流れている時間の経過速度が遅くなって、ミュー粒子の寿命が延びているからであると考えられています。
実験で確かめられて動いているいるものの時間の遅れには、航空機で運んだ電子時計と、地上に置いてあった電子時計の間に発生する時間のずれが、理論と誤差の範囲内で一致するということがあります。
つまり、動いているものの時間が、静止しているものの時間に対して相対的に遅くなっていること(もう少しわかりやすく言うと、静止しているものを流れている時間が1秒経過したとき、動いているものを流れている時間はまだ1秒経過していないということ)は、疑いようがないということなのです。
ただし、たとえそうであっても、動いているものの時間の経過速度が遅くなるということだけでは、光の速度が不変であることを説明できません。
相対性理論によれば、光の速度を不変にしているものはもう一つあります。
それは、「静止したものから見た(測定した)動いているものの空間は(相対的に)縮んだり、伸びたりしている」ということです。
近づいている場合は縮み、遠ざかっている場合は伸びています。
こうした空間の伸び縮みが実際に起こっていることは、天文学の世界では、地球から遠ざかっている天体の光のスペクトルが赤の方にずれている(光の波長が空間の伸びによって引き延ばされている)という現象(赤方偏移)によって確認されています。
近づいている場合は、空間が縮むため、波長が短くなり、結果としてスペクトルは青の方にずれます。
この現象もまた、青方偏移として実際に起こっていることが天体観測で確認されています。
これからのことによって、「なぜ秒速1万キロメートルの速度で測定装置の方に走って来い車のライトの発している光の速度が、《光の速度》に《車の速度》を加えた秒速31万キロメートルではなく「なぜ秒速30万キロメートルと測定されるのか」を説明します。
話を分かりやすくするために、秒速の定義を、「何かが一秒間に進んだ距離」として話を進めていきます。
あなたは今、秒速1万キロメートルの速度であなたの方向に進んでいる車のライトから発せられている光の速度を測定しようとしています。
その光が、1秒間で何万キロメートル進むかというと、《車が進んだ距離1万キロメートル》に《光が進んだ距離30万キロメートル》を足した、31万キロメートル進むことになります。
これを速度にすると、秒速31万キロメートルということになるため、相対性理論の「いかなるものも光速を超えることはできない」ということに反してしまい、これはこれであり得ないおかしな話になってしまうのですが、ここで取り扱っている問題は別のことなので、ひとまずこの問題はスルーして先に進みます。
光の速度がなぜ不変なのかという謎を解いたとき、自動的にその答えは、この問題も解決していることになるので、ここではスルーしても大丈夫なのです。
この先を考えるうえで、非常に重要なことがあります。
それは、「たしかに、車のライトの光は、1秒間で31万キロメートル進んでいますが、それは、車の前で測定している人や物を流れている時間の1秒でなく、車の前で測定している人から見た31万キロメートルでもない」ということです。
相対性理論によれば、動いている車や車のライトから発せられている光を流れている時間の経過速度は、それを測定している人や物を流れている1秒より遅くなっていて、空間は縮んでいます。
これによって具体的に何が起こるかというと、測定装置を流れる時間が1秒経過したとき、車と車のライトから発せられた光を流れている時間はまだ1秒経過していないことになり、その光は、想定装置の測定では31万キロメートルより短い距離しか進んでいないことになるのです。
それによって、測定装置が測定する光の速度は秒速31万キロメートルより遅くなるのです。
このときの光の速度が、どれくらい31万キロメートルより遅くなっているかは簡単には計算できませんが(ただし、それを計算する式はネットで拾えるし、計算はコンピューターがやってくれるので、やろうと思えばその正確な数値は誰にでもはじき出せます)、一つだけ言えることは、秒速31万キロメートル以下になっているということです。
次に、走っている車と、車のライトの光が進んでいる空間の縮みに注目します。
車のライトから発せられている光は1秒で31万キロメートルの距離を進んでいますが、その距離は、静止している人や測定装置から見れば縮んでいるため、測定装置は、車のライトの光が1秒間に進んだ距離を31万キロメートル以下と測定することになります。
このときの空間の縮みによってどれくらい車のライトの光の進む距離が短くなり、光の速度が遅くなっているかというと、前述している理由と同じ理由によって正確には言えませんが、一つだけ言えることは、時間の経過速度が遅くなったことで短くなった距離と、空間の縮みで短くなった距離を、31万キロメートルから引いたとき、きっちり本来の光速度である秒速30万キロメートルになるように短くなっているのです。
以下は、測定装置から遠ざかる方向に秒速1万キロメートルの速度で動いている車のライトが発している光の速度を測定したとき、《光の速度》ー《車の速度》=秒速29万キロメートルとならずに、なぜ秒速30万キロメートルになるのかということの説明です。
この場合は、車と車のライトの光を流れている時間の遅れによって、車が測定装置に近づいているときとはまったく逆の現象が起こり、測定装置が測定した、車のライトが発している光の速度は、秒速29万キロメートルより速くなります。
それだけでなく、車のライトから発せられた光の進んでいる空間は伸びているため、それによって光の進んでいる距離は引き延ばされていて、これによっても測定装置が測定するライトの光の速度は秒速29万キロメートル以上になります。
時間の遅れによってどれだけ速度が速くなり、空間の伸びによってどれだけ速度速くなっているかというと、その二つを秒速29万キロメートルに足すと、きっちり秒速30万キロメートルになるように速くなっているのです。
光源を固定しておいて、測定者が車に乗って光源に近づきながら光の速度を測定した場合も、光源から遠ざかりながら測定した場合も、測定者を流れる時間の遅れと、空間の伸び縮みによって、光の速度が秒速30万キロのまま変化しないことが導き出せます。
以上が、前回の記事で読者の皆さんに問いかけていた問題の答えです。
自然は、こうした自然法則によって、宇宙と宇宙に生み落とされた私たちを、完璧な秩序の中で育んでいるのです。
なお、私がこうした物理における自然法則の発見を見知らぬ不特定の方に向かって紹介しようとしているのは、それが、
「宇宙はなぜ存在しているのか」
「宇宙が存在していることには何の意味があるのか」
ということを考える上で不可欠なことであり、宇宙の謎を知ることは、宇宙に生み落とされた”自分”という存在の謎を知ることであり、
「自分はなぜ存在しているのか?」
「自分が人として生まれ、人として生き、人として死んでいくことに、いったい何の意味があるのか?」
「自分の中にある意識や心や自我は、どのようなメカニズムで生み出され、死によってどうなってしまうのか?」
ということを考える上においても、不可欠なことだと思っているからです。
実は先月、kindleで以下の電子書籍をセルフ出版していて、ここで紹介している相対性理論の話は、その電子書籍から割愛したものです。
なぜ相対性理論の部分を割愛したかというと、この本は、量子力学と量子力学論争、量子力学を構築した物理学者たちの多くが傾倒した、ヒンドゥー教の聖典、ヴェーダ及びヴェーダーンタに開示されている、宇宙論や生命論や神論の紹介と解説に焦点を当てて書いたものだからです。
それと、電子書籍の文字数が、相対性理論を割愛しても原稿用紙換算枚数で450枚を超えていたからです。

電子書籍には紙本の立ち読みに相当する、(サンプルを読む)という誰でもクリックするだけで本の一部を無料で読める機能があるので、気が向いたらこの部分だけでも読んでみてください。
本は、Amazonに移動して、「宇宙と実在」で検索すればヒットすると思います。
今回の記事は以上です。
ではまた。
サイラム<(_ _)>