おまけショート『炭火焼き10年ものをロックで』
「なにそれ、傑作じゃん。」
「だよなぁ!最高の馴れ初めだよな。」
笑いながらジョッキを空ける目を、ちょっとだけ眩しそうに細めた。
お、これはちょっとマジだったんだな。
何か言いたいことがあるときの目だ。
はいはい〜、ご愁傷さま。
職場の同僚が結婚するとかで、もう何度目かの貧乏くじ飲み。
相変わらず、わかりやすいやつ。
+
いわゆる、腐れ縁というやつだった。
大学時代、熱中していたバンド活動。入っていた軽音サークルは他大学も入り交じっていた。
真剣なやつもいい加減なやつも、音楽なんてできないやつもいた。ようするになんでもありの「いたいやつはいていい場所」
大人になって、ああ、あの場所はけっこう貴重なとこだったんだなと思う。
こいつとも、よく対バンしたり、企画したり。
お互い真剣な側で、思い出すと恥ずかしくなるような話も、一晩中できた。情熱は人を狂わせる。
そこからはまったくふつうで、時期が来たらパッタリとみんながそれぞれ「ふつう」のレールに戻っていった。単位、就活、就職。
地縛霊みたいな先輩は、いつの間にか後輩になった。その後は知らない。
そして、腐れ縁は続き、就職した先の保険会社で、ばったりと再会する。
「あ!」
「あれ?」
「おう!」
「おー!」
はじめて社会に出た布の服とひのきの棒しかないわたしたちは、不安を架け橋にすっかり意気投合し直した。
仕事の愚痴、熱意、空回り。恥ずかしいはタイプを変えて、度合いは据え置き。変わらないバカ話。職場から駅の途中、この炭火焼き自慢の焼き鳥屋を見つけてから、もう10年になる。
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はじめの頃は、休みを合わせてフェスに繰り出したり、旅行行ったり、青春の延長線を謳歌しようと躍起になっていたけれど、いつの間にかやらなくなった。
たぶん、気がついてしまったんだと思う。
たのしむよりも、過ぎた時間を追い求めるみたいで、なんか不格好だし。全力って、翌日込みの8割以下までになったし。
結局、お互い溜まりに溜まったときとか、ふとした時に、都合よく炭火焼き片手にガス抜きするのが丁度よくなってしまった。いつまでも、学生気分は続かない。抜けちゃうのだ。
いつも通り、このあとはお決まりコース。
ビールが焼酎ロックになり、頃合いでカラオケでも行こうぜ〜となり、始発まで好きな歌を好き放題唄う。誰の空気も読まないし、お互いの歌もたいして聞いてない。でかい声出して、すっきり。
かつて無敵だった時間を共有した者だけが作れる、気持ちいい風を魂に吹かす時間。
「はぁ〜、名瀬ちゃんかわいかったなぁ……。」「社外の人だっけ?」
「委託先のマネージャーさん。立場的にも、微妙に手ぇ出しにくくて。」
「そんなこといって、結局また何もしてないんでしょ?」
「まあ、そうなんだけどね。」
へいお待ち〜、と馴染みのアルバイトくんが焼酎ロックを運んでくる。ビールおわり。
「なーんか、大人になっちゃったなぁ。学生のときなら、立場だのなんだの気にしなかったのに。」
「そう?お前けっこう気にするタイプだと思ってたけど。」
「毎週ジャンプ読んでたら、いつの間にか大人になったわ。スーツ着て仕事行くなんて、できると思わなかった。」
「未だにネクタイ結ぶの下手くそだけどね。」
「中原はけっこう、きっちりしてるよな?学生時代からは想像できんわ。開いてる穴多すぎて、着てる意味ある?みたいなシャツ着てたのに……。」
「ほっとけ。」
「いや、えらいよ。」
「こういうの求める人もいるんだって。ちゃんとした、の範囲の方がやりやすいことも多いからさ。」
「そういうもん、だよな。うむ、知ってる。」
「たいして気にならないなら、気を遣っておいて損はないでしょ。」
ははーん、これはけっこう重症だな。歯切れも悪いし、言いたいことあれば吐いちまえばラクなのに。いつまで経っても、煙しか吐かん。ペースも早い。
あかん、こっちも釣られて酔っぱらいそうだ。
「ヤマはさぁ、けっこうちやほやの距離にいて楽してる感あるじゃん?可愛い後輩のモモカちゃんも、美人でかっこいいユリ先輩も、好き好きいってれば人避けになるし、他人と近い部分を共有するの苦手だよね。」
「……おう。うん、まあ、そうかもしんない。」
ちょっとトイレ、と立つ背中が大きい。
態度は元からだが、物理的にである。年月には勝てない。人のことは言えないけど。
はあ、何言ってんだろ。これじゃ学生時代と変わらないじゃないか。
大人になった。自分の可能性も、人生も、だいたい予測範囲だ。不慮の事故とか、そういうのが起きるのも含めて。予測範囲から、出そうもない。出たくない。言い訳とか、うまくやり過ごすやり方ばかり上手くなった気がしたのに。結局、わたしも一緒。
踏み込まないのが、楽だから。
お気に入りのワンピースが、また一着、炭火の匂いになる。はぁ……。ちぇっ。
+
「じゃ〜ん!おまたせさん!」
おかわりの焼酎ロックを両手に、ひとつ薦めてくる。
「うまっ。」
「だろ?これ、俺の地元の酒。今週の店長セレクトにあった。」
「いいわ、これ。」
ガツンとくるのにすっと引く、鼻を抜ける香りも好みだ。うまい。
くいっとグラスを煽ったヤマは、意を決して口を開いた。
「あのさ、その、」
「なんだよ、吐いて楽になっちまいな。」
「おう。」
「なんでも聞いてしんぜよう、われが。」
「うむ。」
「俺、仕事辞めるわ。」
えっ。
+
「うちの部門、人材育成のチームあるやん?あれ、けっこう性に合ってて、立ち返ってみたら人を育てる仕事がしたくなった。」
「そう、なんだ。」
「おう。だから、いったん博多の実家に帰って、地元で試験受けて、学校の先生になるわ。」
やばい不意打ちだ。完全に予想外の角度からきた。顔が熱いのがわかる。
自分が、恥ずかしい。
「部長まで話は通ってて、来期前に時期とか仕事を調整する。後任もけっこう頼りになるやつだから、ぶっちゃけあまりやることないけど。」
笑いながら、ヤマは言った。こっちは泣きそうなのに。なんだか、ほんと泣きそうだ。泣いてやろうかな。やっぱり背中、大きかったのかも。
同じ場所で、ずっとぐだぐだしてると思ってたのに、ちゃんと進んでいく。
わたしには、結局、言えない言葉ばっかりたまっていく。言えなかった、ばっかりが残る。
人生って、置いてけぼり。
はあ……。
「それで、その、あれだ。」
「……なに?」
「けっこう旨い酒あるけん。来ん?一緒に。」
おわり。
↓のおまけです。
↓こちらの企画で書きました!🐐