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ショートショート「桃の剥き方」 #いつかのごちそうさま

温室育ちの桃を熊本県からお取り寄せ
はるばるやってきた
かわいい桃ちゃんです

週末の午後。いい天気だ。陽気に誘われ、最近料理にハマっている娘にせがまれ、駅の反対にある商店街まで買い物にきた。コロナ禍でキャッシュレス決済が一気に普及してからというもの、ついつい便利に流れてしまうけれど、ここはまだまだ現金会計。肉は肉屋。魚は魚屋。野菜は八百屋。

「はい、らっしゃい!今日はバラ、安いよ。おまけしとくよ!」

なんでも揃うスーパーは楽だけど、手触りのある買い物はたのしい。財布のお札と硬貨を真剣に数えながら、買い物リストとにらめっこしてお店を回る。
豚肉。じゃがいも。たまねぎ。にんじん。「きょうはなにをつくるでしょ〜?」と、買い物袋をふくらませながらぴょんぴょん跳ねる様子に、思わずわからないふりをする。たぶん、次はりんごかな。小さい身体にドキドキとわくわくがはち切れんばかり、たのしいは世界を新鮮にしていく。

昔ながらの八百屋さん。しばらく一緒に歩いて回り、狭い店内の混雑にに遠慮してひとり入口まで戻ってきた。ふと、鼻に香るあまい匂いをたどると、緑のかごの上、黄色に赤字の派手なポップを添えられた桃がぽっかり3つ並んでいた。やさしく香る、柔らかくあまい艷やかな匂い。そうか。もう桃の季節だ。

「あら、好きよね、桃。デザートに買っていこっか。」

予想通り、りんごが足された買い物かごを提げて、妻と娘が歩いてきた。

「ももすき!う〜ん、いいにおい〜。どれにする!?」
「こっちかな?いや、色艶はこっちのほうがよさそうね……。」

真剣な目をして桃を選びはじめるふたりに、思わず笑ってしまう。

そう、桃の季節。
ばあちゃんが入院したのもこの時期だった。

「桃の季節だねぇ。」

闊達で元気一番。怒ると怖い、でもみんなを平等に怒るばあちゃん。そんなばあちゃんがある日、入院することになった。
しばらくしてお見舞いにいくと、病室のばあちゃんは「毎日退屈だよ」と文句を言いながら笑っていた。甘いもの好きのばあちゃんのために、お見舞いにはその時期旬のくだものを買っていく。その日は桃。そういえば「旬」ということばを教えてくれたのもばあちゃんだった。

じいちゃんや父母が手続きやらなんやらしている間、ぼくはばあちゃんと病室でぼーっとテレビを観たり学校の話をしたりして過ごす。ようするに、退屈。すると、ばあちゃんは白いパックに入った桃を開けて、木の鞘がついた果物ナイフを取り出すと、さらさらと剥いてくれた。

「ほれ、おあがり。」

今みたいにやわらかく手で剥けるような桃じゃなくて、りんごのように皮を剥くかたい桃。トンッ、と切り分けられた一房を口に入れると、シャリッとした歯ざわりと果汁が口に残った。

「んまい。」
「なぁ。桃はうまいなぁ。ばあちゃん好きだわ。」

ばあちゃんは脳からの命令がうまく伝わらなくなる、よくわからないが大変な病気で、学校の図書館で調べてみると「難病」と書いてあった。難病。なぜか「難病ってほんとにこの世にあるんだな」とあたり前のことを考えた。
アメリカの有名な俳優も罹った病気。なんて名前だったっけ?思い出せないが、子供ごころになんだかすごい病気だなぁと思ったのを覚えている。

でもそんな素振りはぜんぜん見えなくて、真っ白い壁に元気なばあちゃんは馴染んでなくて、すぐに和室の縁側でまた本を読んだり、知らないことを教えてくれたり、こっそりお菓子を一緒に食べたりするもんだと思っていた。

でも、それからすぐにばあちゃんはよくものを落とすようになり、だんだん手が動かしにくくなり、いっぱい喋るのが大変になり、でもいつもニコニコとした表情でベッドに座って、窓の外を見ていた。
スイカ。梨。ぶどう。みかん。いちご。ばあちゃんはまだバナナくらいは剥くことができたけれど、真っ白く乾いた病室には、もっとみずみずしい果物のほうがいい気がした。旬は置物になった。バナナはだいたいぼくが食べた。

「また、桃の季節だねぇ。」

スーパーで一番高い桃を買ってきて窓辺に置く。じいちゃんたちはまた、手続きやらなんやらで出ていった。そうだね。沈黙。テレビだけがおしゃべりだ。ばあちゃん食べる?桃、好きだよね。また一緒に食べようよ。うまいよ。高いやつだし。

「ええ、ええ。持って帰っておあがり。」

なんでだろう。うまく振れてない手とばあちゃんの笑顔を見たとき、急に、いっぺんに、さみしくなった。さみしいに押し潰されそうになった。この桃は食べなきゃいけないと思った。思ったんだ。
抽斗から果物ナイフを出して見様見真似で桃を剥く。案の定ぐちゃぐちゃだ。それからどうしたっけ?ぐちゃぐちゃでぐちょぐちょで、丸刈りの桃を、どうしたんだっけ。ばあちゃんは食べたんだろうか。食べられたんだろうか。思い出せない。

「ああ、ああ。果物の汁は落ちないんだから。気をつけんと。」

洗面所で使っていた白い花の刺繍がついたタオル。木の鞘。真っ白い壁。窓の外。テレビ。

「ありがとうなぁ。」

ちゃんと思い出せないのに、あのばあちゃんの硬く角ばった、でもあたたかい手の温度。桃の匂い。ベトベトした果汁。なみだ。そういう記憶だけが、いつまでも残り続けている。

「これにする!」

跳ねるような声で、今に帰ってきた。
次の旬。ばあちゃんはもういなかったけど、悔しくて悔しくて、何度も何度も練習したっけ。鼻の奥がつんとする、あまくてさみしい香り。

「お!おいしそうなの選んだね。」
「いいの選ぶのよ、ほんと。おいしそう。」
「パパはさ、もも、じょうずにむける?」
「そうだなぁ。」


今年もまた、僕は桃を剥く。


ハナウタカジツさんの企画「#いつかのごちそうさま」に参加しました〜!どれもおいしそう!
ぜひぜひです🍑


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野やぎ
待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!