温泉にまつわるストーリーたち ~廃墟温泉と外国人追い出し温泉~
なぜ温泉はこんなにも僕にストーリーを与えるのか。
話は1ヶ月ほど前に遡る。
北京到着以来念願の入浴を果たし、すっかり幸せ気分であった僕に例のウメハラがこんなリンクを送ってきた。
僕と同じように北京到着以来大浴場に飢えていた彼が北京にある巨大温泉施設を探し出して僕に共有してきたのだ。
なんとこの温泉施設は世界一の広さを誇る温泉としてギネスに登録されているらしく、館内は多種多様温泉で埋め尽くされているとのことだった。
前回の入浴ですっかり味を占めていた僕はこの世界一という称号に釣られ、ウメハラの誘いにまんまと乗っかってしまった。
紆余曲折あった後、僕たちは僕が北京を離れる前日にこの温泉に行くことに決めた。
そして当日。
いつものように北京の空は晴れ上がり、秋の心地よい風が吹き抜けていた。
大学から温泉までは約10km。
この気持ちいい天気と「運動後の温泉」という幸せワードを考慮して僕たちは自転車で温泉を目指すことにした。
数年ぶりのサイクリングは快適な気候と北京特有の広々とした直線自転車専用道路もあり、汚い空気を忘れさせるほど気持ちいい瞬間であった。
そして走ること約1時間30分。
いよいよ念願のギネス温泉が見えてきた。
!?
ボロい。
周囲にはゴミが散乱し人の気配は全くない。
脳裏に最悪の可能性が浮かんだ。
いや、そんなはずはない。地図にそんなことは書いていなかった。
僕たちはふと浮かんでしまった可能性を振り払うために温泉内部へ向かった。
きっと見た目がボロいだけだ。
大丈夫だ。 大丈夫だ。
そこにあったのはそんな僕たちの一縷の望みまでも打ち砕く「営業停止」の張り紙であった。
僕たちのサイクリングは終わった。
この悲劇から1週間。
僕はこの日の悔しさを晴らすために再び温泉へ向こうとしていた。
舞台は上海。
上海は極楽湯やパクり大江戸温泉物語などを抱える言わずと知れた温泉都市である。
しかしこれらの温泉施設には重大な決定がある。
24時間営業ではない
これは僕の独断と偏見と持論と傲慢であるが、僕は温泉施設において一番の幸せは温泉を出た後に休憩所でとる睡眠と考えている。
温泉で暖まった状態での睡眠は格別である。
営業時間に制限のある温泉施設では途中でこの睡眠を切り上げざるおえない。
睡眠を切り上げ施設を後にするという行為は体だけでなく気持ちまで冷めてしまう極悪な瞬間である。
今回はなんとしても温泉→宿泊という極楽ルートを体現し前回の無念を晴らす。
僕は24時間営業という点を最重要視したうえで、「NEWSTAR」という温泉施設を選んだ。
今回の「NEWSTAR」は韓国式の巨大温泉施設でこんな感じの独特なサウナもあるとのことであった。
(木の根元にある小屋みたいなやつがサウナ)
サウナと聞くとついつい例の件を思い出してしまうが、今回の目当ては温泉。決してあのようなことは起こらないだろう。
またあるブログではこんな不安要素も見かけた。
「時期によって外国人が泊まれない時もある」
不運なことに当日は中国最大の休日週間である国慶節の真っ只中。
外国人への規制が激しくなっていてもおかしくない。
しかしこういった温泉施設はだいたい広い。
一度入ってさえしまえば、特定の人間を追い出すのは至難の技だろう。
それよりも今は温泉の幸せが一番大切だ。
僕は一瞬よぎった様々な想定を掻き消し改めて「NEWSTAR」に向かう決心をした。
前回行った温泉廃墟のブログが書かれていたのが3年前だったのに対して、今回の施設に関しては直近に数多くのレビューがあったということもあり施設到着までは極めて順調であった。
受付でもただ鍵を渡されただけで外国人かどうかのチェックは特に無かった。
施設内も温泉はもちろん
無料のジムや就寝スペースまで完備され、
まさしく僕の理想を体現した施設であった。
ここなら必ずあの幸せルートを体現できる。
上海到着以来温度が安定しない安いホステルのシャワーしか浴びることのできていなかった僕に束の間の幸せが訪れる‥ はずだった。
僕は38度とややぬるめの温泉を心ゆくまで満喫した後、幸せルート通りに就寝スペースへ向かった。
これほどの暗さであれば僕が外国人であるかどうかなんて分からないであろう。
僕はそう安心して就寝への準備に入った。
後は温泉で上がった体温が下がることによって生まれる眠気を待つのみであった。
気づくと僕は眠りに落ちていた。
突然眩い閃光が向けられた。
目を開けるとそこにはペンライトを持った従業員が立っていた。
彼は目を覚ました僕を見て何やら早口で捲し立てた。
僕は唯一聞き取れた「お前は外国人か」という質問にYESと答えてしまった。
彼は「外国人は宿泊できない」という旨の説明をした。
僕が理由を聞いても彼は「店の規則」としか答えない。
周りを見ると別の従業員が寝ている客に1人1人ペンライトを向け外国人かどうか確認していた。
時刻は24時を回った頃。
起こされた客は明らかに面倒臭そうな対応をしていた。
僕は中国の規則への執着を完全になめていた。
この国は規則を守るためなら客がどれだけ不満を抱こうが全く関係ない。
上に言われたことは忠実に実行する。
それが中国のスタイルだ。
「郷に入れば郷に従え」
ここで抵抗しても仕方がない。
僕はしぶしぶ帰り支度をして会計を済ませた。
僕の幸せ計画は完全に崩壊した。
しかし前述の通り時刻は24時を回った頃、ここで店を出ても宿もなければ地下鉄も無い。
外は半袖では寒いくらいの気温で装備無しの野宿はあまりにも厳しい。
そう悩んでいた僕にあるアイデアが浮かんだ。
受付前のソファー
受付の前には写真のようなソファーがいくつか点在していた。
中には足を伸ばせるほどの大きなソファーもあった。
受付から奥を店内と考えるならここは店の外にあたり、寝ていても問題ないはずだ。
だが目の前には受付の従業員がいる。
日本の感覚で言えば明らかに迷惑行為な受付前ソファーでの就寝を彼らがどう判断するかは分からない。
僕はダメ元で受付前のソファーに横になってみた。
するとどうだろう。
彼らは受付前のソファーを占拠する僕には全く興味を示さない。
僕は彼らの反応を見て安心し、そのまま朝までソファーに居座った。
冷静に考えればたった一人の外国人が巨大な就寝スペースに寝ていることよりも数少ない受付前ソファーを占拠されるほうが圧倒的に迷惑行為なはずだ。
しかしここ中国には「外国人が温泉施設に宿泊できない」という規則があっても、「受付前のソファーで宿泊してはいけない」という規則はない。
規則に関してはとことん厳しいが、規則のない部分ではとことん自由。
そんな中国の良いところと悪いところを強く感じられた温泉体験であった。