~そこにトムはいなかった~ ミッション:インポッシブル聖地巡礼記
そこにトムはいなかった。
僕が中国に興味を持った理由の1つにある有名な映画があった。
主演のトムクルーズがド派手なアクションと共に世界各地を駆け巡るあの「ミッション:インポッシブル」の三作目である。
当時中学生だった僕は「有名だから」という理由で何となくミッション:インポッシブルシリーズを借りていた。
この映画のラストにこんなシーンがある
(真ん中の黒い男性がトム)
トムが囚われた妻の助けに向かうために街中を激走するシーンである。
トムの迫力のアクションシーンもさることながら、僕はこのシーンのロケーションに強い感銘を受けた。
連なった平屋の家々が織り成す中国独特の世界観、水路を中心に広がる人々の活気ある生活感。
映画のストーリーは殆んど忘れてしまったが、このラストシーンの風景だけは今なお僕の脳裏に深く刻み込まれていた。
大学2年で中国文学コースに進んで以来、僕は何度か「中国のどこが好きですか」という質問を受けてきた。
正直いまだに僕はこの質問に対して正確な答えを見つけられていない。
そんな時いつも場をしのいでくれたのが、あの映画のワンシーンであった。
「中国の建築が好きです。」
こんな一言を言えるようになったのもひとえに映画のお陰であった。
僕は映画のテロップからあのシーンのロケ地が上海であることを知っていた。
「いつかあの街に行ってみたい」
僕とトムは僕が一方的にトムと呼んでいるほどの仲である。
僕もまたトムが駆け抜けたあの街を駆け抜けてトムの息吹きを感じたい。
僕の聖地巡礼の意欲は高まるばかりであった。
僕は上海到着後すぐさま情報を集めた。
どうやらあの街は西糖という上海から車で1時間ほど離れた場所にあるとのことだった。
そして街の中にはミッション:インポッシブルのロケ地であることを示すこんな看板もあるらしい。
もうこれは行くしかない。この写真のトムもおそらくトランシーバー越しに僕を西糖に呼んでいるのだろう。
血だらけの戦友トムの呼び出しに答えない訳にはいかない。
ここに僕の西糖行きが決まった。
上海から西糖までの交通手段はバスのみである。
夕暮れの西糖が一番美しいという情報を入手していた僕は昼過ぎのバスに乗り西糖へ向かった。
トムも西糖の夕陽の素晴らしさを共有するために僕と連絡をとろうとしたのだろう。
映画の撮影が行われてから既に13年経っている。
計算上トムは13年もの間僕を呼び続けていることになる。
そんな彼の心意気を思うと、僕はいてもたってもいられなくなりそうであった。
そしてバスに揺られること約1時間。
ついにあの西糖が僕の目の前に現れた。
ここがあの西糖か。
おそらくトムもくぐったであろうこの門に思いを馳せる一方で、僕は若干の違和感を感じていた。
人が多すぎる
無理はない。中国はいま国慶節という日本のGW的な大型連休の真っ只中である。
西糖のような有名観光地が人で溢れているのも当然である。
目当ての水路に面した街や、小舟の停船所はどこも人で溢れていた。
水路を囲む小さな街と通路に渋滞が起きるほど多くの人々はとても不釣り合いで僕の気分を大いに鬱屈とさせた。
これほどの人混みの中では流石のトムも街を走り回ることはできなかっただろう。
しかしこれも「人が多いのは当たり前」と割りきれば大したことはなく、僕は念願の西糖をそれなりに満喫していた。
途中見かけた謎の虫たち
夢の共演
こうして観光を満喫していると、僕は自分が本来の目的を忘れかけていることに気づいた。
トム!
そうだ。僕は本来トムを探しに西糖に来ていたのだ。
しかし今のところトムらしきものは見えない。
いるのは平たい鼻と小さな目をしたトムとは程遠い漢民族だけだ。
西糖は以外と広い街である。
端から端までは歩いて1時間ほどかかるため、終バスのことを考慮すると今日の様子では散策できそうになかった。
あのトムの写真は間違いなくこの西糖のどこかで撮られたもの。つまり必ずこの地域のどこかにあるのだ。
この近くでトムが呼び続けているのだ。
僕は大量の漢民族の合間を縫って必死にトムを探した。
しかし探せど探せどトムの姿はない。
トムの仲間であるケンタッキーとスタバはあったのに。
where is TOM? where is TOM? TOM! TOM!
そんな僕の叫びも虚しく、トムは姿を表すことなくただ時間だけが残酷に過ぎていった。
全てのエリアを捜索するために奥に行こうとするものも、そのつど大量の漢民族たちが行く手を阻んだ。
彼らの様子はまるでトムという宝を大和民族に触れさせないようにするための人壁であった。
この人壁に比べればたった一人でトムの元へ向かおうとした僕は無力そのものであった。
トムの呼び出しはもしかしたらこの人壁から抜け出すための救援要請だったのかもしれない。
ソーリートム。今はまだ僕には君を助ける力は無い。
僕は己の無力さを恥じつつ落胆した足取りで帰路についた。
既に最終バスは出発していた。
ps タクシーで帰りました。