夜 / 水
眠い目をこすりながら
カメラだけ持って外に出る
フィルムもうないなあと思いながら
しばらく買うお金はないことにも気づく
いつも適当にシャッターを切る
どこを撮っても同じようで
いつ撮っても全く違う
明確なシャッター音ではなく
フィルムの巻き上げの音で
私はいま目の前の夜を写したのだと
知ることができる
すべてが懐かしい
知らないのに知っている、そして
知っているのに、知らないことの多いこと
目にしたものは手にしたものは
ほんとうだったのだろうか
確かさとはなんだろう
おぼえていますか
思い出せないことは
知らないことではない
だから大体のことを知っているともいえて
すべて知らないと逃げてもいい
誰にも見つからない場所で
小さな呼吸を繰り返す
そんな生き物もたくさんいるのを知っている
水面に向かって泳ぐ
光を受けたい願いと
ここではない場所の
空気を知りたい願い
揺れ動くすべてに
あなたを任せてもいいのか
流れゆくものたちに
ついていくのは本当か
知らないことはなんだろう
知りたいことはあるだろうか
これ以上なにを抱えて
生きていきたいというのですか
沈むのも浮くのも
影に隠れるのも光の下に出るのも
流れるのも留まるのも
息を吸うのも吐くのも
その深さも長さもすべてのやり方も
本当は何だっていいのに
あなたの自由なのに
手が止まるなら
足がすくむなら
呼吸が浅いのなら
光を集められないのなら
降りて大丈夫
沈んで大丈夫
何もできないまま
目を閉じて横になって大丈夫
あなたを支えるものは
あなただけではないと気づくはず
思い出せそうで
思い出せない
ずっとむかしの
透明の記憶