野球のOR re-visited -どうしてバントをするのか?意思決定分析からデータと現場の溝を埋める-
【これは「スポーツアナリティクス Advent Calendar 2021」の21日目の記事です】
自己紹介と記事の目的
はじめましてorお久しぶりです。なういずと申します。
スポーツにおける非合理的な意思決定に興味があり、行動経済学の知見から期待値が低い選択肢を選んでしまう理由を説明しようと試みる人です(過去の分析まとめ)。
今回のアドカレでは意思決定分析(オペレーションズ・リサーチ)を援用して、意思決定方略が違うことで選ばれる選択肢が異なることを紹介します。具体的に野球の送りバント場面をとりあげて、バントが選ばれるような(極めて妥当な)意思決定方略があることを示します。(※最新の分析では多くの場面でバントは非効率とされている)
そして、意思決定方略に注目することでデータ分析と現場の溝を埋めることができるのでは、と提案します。例えば、アナリストがバントをするなと”指示”をしても現場は混乱していますが、アナリストが”バントをしてしまう原因を指摘”する形になれば現場と伴走することができるのではないでしょうか。
本記事の立ち位置としては、オペレーションズ・リサーチの初歩of初歩のフレームワークをスポーツに応用してみた、というものになります。私個人としては、従来の行動経済学に比べて工学寄りのアプローチに挑戦するかたちになり、理論的に拙い部分もあるかと思います。専門用語や理論の間違いを見つけた場合はあたたかく指摘していただけると助かります。
1.オペレーションズ・リサーチとスポーツ分析
オペレーションズ・リサーチ(OR)は「数学的・統計的モデル、アルゴリズムを利用して、最も効率的な意思決定をできるようにする科学的技法」です。二度の世界大戦を通して大きく発展した学問で、齋藤(2002,2020)ではオペレーションズ・リサーチの実例として戦時中の例を多くあげています(2つの戦車に対してどのようにリソースを割り当てるか、等)。
ORの特徴は、ハードウェアを更新することなく意思決定(≒ソフトウェア)を改善することで課題を対処する点にあります。例えば、皿を洗う桶が足りなくなった場合、一般的には桶を増やそうという発想になります。しかし、戦時中などの緊急事態では桶を増やすことができない。そこで、利用者の並ぶ方法や桶を使うルールにメスを入れるのがORの発想となります(例は齋藤(2020)より)。つまり理想論ではなく、極めて現実的な改善策を探す学問となっております。
ORの入門書では、データ分析の結果をどのように意思決定者に伝えるかという点まで記載されています。齋藤(2020)では『意思決定者に算定結果の表を見せて(中略)数字そのままの説明をしないことである』と、まるでアナリストに向けたような至言が書かれています。
このように、オペレーションズ・リサーチの要請とスポーツアナリティクスはかなり共通点があるように思えます。
・戦いに勝つことが求められる
・分析者と意思決定者が別
・新しい機器を導入するのではなく、今あるリソースでどうにかすることを求められる
といった点が似ていると言えるでしょう。そこで本記事ではORの基本的なフレームワークをスポーツアナリティクスにあてはめていきたいと思います。特に、野球における送りバントという意思決定について分析していきます。
余談ですが、本記事のタイトルは仰々しくも「野球のOR re-visited」とさせていただきました。というのも1979年に日本で「野球のOR」を検討した先人がいるためです(詳しくは参考文献をみてね!)。これは野球のセイバーメトリクスの起源よりも早く、先見の明があったと言えます。残念ながら彼の研究の種が芽を出すことはありませんでしたが、偉大なアイデアに敬意を示させてください。
2.意思決定の代表的な方略
今回は意思決定の代表的な方略として3つの方略を取り上げたいと思います。マキシマックス基準・マキシミン基準・ミニマックスリグレット基準の3つです。
※実際の世界の意思決定方略はもっと複雑だと予想されますが、今回は初歩ということで、代表的な3つを取り上げました。
各方略の
・定義
・概要
・実際の野球場面だとどんな感じ?
という点を示します。
次項では、野球のバント場面について、この3つの方略をあてはめていきたいます。
3.バント作戦が選ばれる方略と選ばれない方略
0アウト1塁でバントをするか強行するか(強攻という表現も違和感ありますが、今回はこれで)を選ぶ場面を考えていきます。セイバーメトリクスの文脈ではバントは多くの場面で非効率な作戦と言われており、蛭川(2019)では打率.103より高い打者はバントより強攻した方がいいと提案されています。
このようなセイバーメトリクス側の提案があるものの、バントはあまり減っていません(少しは減っていますが)。その背景として、監督やコーチが期待値通りに振る舞えない意思決定方略を用いている可能性を考えています。
さて、意思決定方略を用いるために、作戦(バント・強攻)と状態(成功・失敗)について期待される利得を計算していきます。利得を計算するために、以下の得点確率やイベント確率を仮定します。
期待される利得を見ると、強攻は成功すると利得が大きいものの失敗すると失う利得も大きい、ハイリスク・ハイリターンの作戦となります。一方バントは期待値がマイナスであるものの、失敗時に失う利得も小さいことがわかります。
では、本題。3つの基準では、バントと強攻どちらが選ばれるのでしょうか。文字では説明しづらいので、図で説明します。
マキシマックス
マキシミン
ミニマックスリグレット基準
となりました。監督がマキシミン戦略やミニマックスリグレット戦略を好む監督である場合、バントが選ばれることになります。特にミニマックスリグレット戦略においてバントが選ばれることは示唆深い結果だと言えます。というのも、バントをする理由として(併殺などの)最悪の結果を回避したいからと言われることが多く、これはリグレット(後悔)をへらすミニマックスリグレット戦略と近いアイデアと言えるからです。
強攻に失敗して1アウト1塁となった時のリグレット(残念感や球場のボルテージの落ち具合)を考えて、期待値的には劣るバント作戦を選んでしまうのかも知れません。
4.さらなる分析
さて今回の分析では、ORの基本的な意思決定方略を用いて、強攻よりもバントを選んでしまう基準について検討しました。マキシミン戦略やミニマックスリグレット戦略では強攻よりもバントが優先され、特にミニマックスリグレット戦略でバントが選ばれることは損失回避的な采配とも整合が取れる結果となりました。
この分析はOR的にはあまりにも初歩的な分析であり、今後はさらなる分析をしていきたいと思っています。例えば、混合戦略(2つ以上の戦略を使い分けること)や期待効用理論を用いることなど、もっとやってみたい分析があります。将来的には、監督ごとや選手ごとに意思決定方略を特定する、なんて試みもやってみたいです。例えば、A捕手はB捕手に比べてリグレットを重視するので高めのストレートを要求しない傾向にある、などという分析もできると思います。また同時に、意思決定方略を見直すことで、采配や配球を向上させることもできるでしょう。
他のスポーツでも、意思決定方略を見直すことで、勝利に近づことができるでしょう。特にチームでの意思決定を統一する必要のあるスポーツでは有効に使えるはずです。例えばサッカーなら、いつプレスにいくか、どの程度の強度でプレスをするかなどを統一できたら、魅力的なチームが出来上がりそうです。今までは、この場面ではプレスするorしないなど、実践を通してのみ成し得た意思統一も、VRやペーパーテストを用いることで可能になるかもしれません。
冒頭の図を再掲します。オペレーションズ・リサーチは新しいハードウェアを導入することなく、意思決定に介在することで現状の改善を画策する手法です。データの立場から現場に指示をするのではなく、原因の指摘と改善の方策を与えることで、アナリストと現場の距離感を埋めるための重要な武器になると感じています。
本記事がデータ分析に携わる方の参考になれば幸いです。
参考文献
鳩山由紀夫. (1979). 野球の OR. オペレーションズ リサーチ: 経営の科学, 24(4), 203-212.
川越敏司(2020). 「意思決定」の科学. 講談社
齊藤芳正(2002). はじめてのOR-グローバリゼーション時代を勝ち抜く技法-. 筑摩書房
齊藤芳正(2020). はじめてのオペレーションズ・リサーチ. 筑摩書房
馬場真哉(2021). 意思決定分析と予測の活用 基礎理論からpython実装まで. 講談社
蛭川皓平(2019). セイバーメトリクス入門脱常識で野球を科学する. 水曜社
松原望(2001). 意思決定の基礎. 朝倉書店
渡邉成行(2021). 統計学で解明!野球のギモン. 彩図社
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