【映画】ドラゴンクエスト ユアストーリー 感想
(ややネタバレあり)
公開当初から色んな意味で話題になっていたこの映画、
怖いもの見たさでついに見てしまった。
見なかったことにしたいけど、
見なかったことにできるほど平静ではいられない…。
なんというか、
映画を観てここまで怒りを感じた映画は初めてだった。
人間への冒涜とさえ思う。
鑑賞後一週間くらいは仕事中にこの映画のことを思い出しては怒り、なんとなくこの映画の感想、レビュー等を眺めてみてはまた怒り、忘れたころに感想でも書くかと思い今また怒っている。
そう、四六時中この映画のことを想わずにはいられない、あれ、逆に僕この映画のこと好きなのかな…。
何がそんなにひどいかって、
やはりラストの10分である。
「衝撃のラスト10分」という言葉は、
通常はミステリー映画の常套句でありだいたいは良い意味で使われる。
大どんでん返しがあったり、綺麗に伏線が回収されたり、真真真犯人が明らかになったり、太郎だと思ってた人が次郎だったり…。
普通にぼーっと眺めてたらこう思うはずだよね、
でも実はこうでしたーっ!
の種明かしに、我々は驚いたり、常識をひっくり返されたり、時には感動したり、予想通りすぎる展開に呆れたり。
そういう意味では、この映画のラスト10分の驚きは破格である。
自分たちが丁寧に積み上げてきたものを、
自分たちでぶち壊す様をこれほど曇りなく見れる映画はそうないのではなかろうか。
ゲーム、映画業界に生きる人々が、なぜこんなオチを製作したのか、
本当に心から疑問に思う。
映画を観ていない人に配慮してネタバレしないのが普通だが、
正直この映画の場合ネタバレを先に見てから見た方がよいと思う。
その方が鑑賞後の怒りがマイルドになるかも。
前提として、僕はそこまでドラクエ5が大好き、というわけではない。
いや、スーファミ版とPS2版をキラーマシン2匹仲間にしてエスターク倒すぐらいはプレイしたし、
他のナンバリングタイトルもだいたいプレイしているからドラクエは好きであるし、
5はやっぱりストーリーいいしピエール強いし雰囲気もいいから好きなんだけど。
それでも今ドラクエ5に対して思うことは、
なつかしいなあ、面白かったなあ、くらいのもので、
「原作のあのエピソードが熱いよね!」
みたいに熱烈な思いを語れるほど記憶が鮮明なわけではない。
近年は新作でたらやるってくらいのカジュアルなドラクエファンである。
だから強調したいのは、
自分がドラクエ5に強い思いがあるからこの映画を否定したいわけではない、
ということ。
もっと根本的な理由で、この映画は最悪なのだ。
自分の好みの話になるのだが、
僕は想像力が現実を超えていくような物語が好きである。
「想像」というのは現実には何も干渉しない。
だってそれは「想像」だから。
「想像」が現実に干渉したらそれはもう「想像」じゃない。
そのはずなのに、
時には「想像」した何かが人間に勇気を与えたり、
感動を呼び起こしたり、
辛い現実を忘れさせたり、
ちょっとした一日の楽しみになったり。
だからこそそんな逆説に、ものすごく人間味を感じてしまう。
想像力こそが人間を人間たらしめるものなのではないかと思っている。
人間の弱さや、強さをもっとも感じるのが、僕にとっては想像力なのである。
だから『ライフイズビューティフル』とか『ビッグフィッシュ』みたいな映画がすごく好きだし、
これらを観ると何度観てもぼろ泣きしてしまう。
話がそれた…ように見せかけて実はそれていない。
この『ドラゴンクエスト ユアストーリー』なる映画は、
この人間の想像力を徹底的にあざ笑う映画である。
一見この映画だって、
「ゲーマー」を肯定しているようなメッセージ性があり、
僕の言う「想像力」を肯定的に描いているようにも見える。
いや、見える、というか、聞こえる。
主人公がそれっぽいセリフを喋るのだから。
映画が伝えたいメッセージを最後の最後に主人公がそのまま喋るって、
そんな雑な映画があるか!?
それがあったのである。
ただ当然ながら、主人公がそれっぽいセリフを喋っただけでそれがこの映画のメッセージになるかというと、そんなことはないだろう。
(ただこの映画に関しては「そんなこと」はあると製作陣が考えていた可能性はあるが…)
だって、件のラストシーンはちっともそのメッセージと噛み合っていないのだから。
本当にゲーマーを肯定するようなメッセージを入れたかったのであれば、
あのラストシーンはまったくもって不要である。
無事に本物のミルドラースを倒し、
平和に家族で暮らす様を眺めて、
少し自分の少年時代を思い出したり、
ドラクエについてよく話した友達をなつかしんでみたり、
そういった少しの余韻が、
そのメッセージ性を想起させるのである。
だから「あえて」あのシーンをいれる理由は何も見当たらない。
それこそ、
いい歳してゲーム原作の映画なんて見たがる大きなお友達を徹底的にバカにする、
以外の目的は僕には見つけられない。
ゲーマーだけをバカにしたかったのかもしれないが、
この映画からはそれ以上の悪意を感じる。
いや、製作者はゲームというものを悪い意味で特別視しており、
ゲーマーだけを貶したかったのかもしれないが、
今の社会においてゲームというものは普遍的すぎる。
結果的にすべてのフィクションを否定するような邦画史に残る最悪のオチとなった。
このオチを「思いついてしまって」悦に浸っている山崎貴(監督)には当然腹が立つのだが、これに許可を出したであろうスクエニの方が罪深い。
インタビューで語っている通り、山崎氏はドラクエになんの思い入れもなく、こんな糞みたいなオチを本当に導入したところからして、本当に彼にとってのドラクエは肥溜めのハエみたいな存在なのだろう。
一方、IPを守るべき立場にいるスクエニは何をやっていたのだろう。
ドラクエの産みの親である堀井氏も深くシナリオに関わっているが、自分の作ったキャラクター達がテクスチャーを剥がされ「単なるプログラム」だとぽっと出の謎キャラに断定されることに、何も感じなったのだろうか。
そんな感性も失ってしまうほど、老いてしまったのだろうか。
いうてドラクエ5原作で、映像も綺麗だし、
本当にそんなにひどい映画なの?
って思ったそこのあなた、
絶対見ない方がいいです。
僕にとって唯一よかったのは映画館ではなくレンタルで見たこと、
しかしそれでもレンタル代と見た時間に対して怒りが収まらなくなるほどの映画なんてなかなかない。