Oh yeah~気の利いた別れの言葉でも考えておきな。
Oh yeah、俺はラッパー、かける発破、カスなf〇cker、そこどけ、ブチかました、だせえwacker、捌けなさっさと、yeah。
脳内でdopeな言葉を巡らせる。ラッパーは皆そうしてる。即興のサイファーでも、言葉を即興で出せる奴なんてほぼいない。日ごろからこうして言葉を弄って韻を維持、真の切り札としてネタをとっておくのが俺のやり方。言葉につまるくらいならサンプリングの方がいい。信念とかじゃない、実際、そうってだけだ。言葉につまるのは、ダサい。韻を吐き続けないと負ける。路上サイファーってのはそういう世界だ。口下手やノリの悪いsuckはご退場。最初はできなくてもご愛嬌。例え貰いもんの言葉でもbattleで使えるなら偉いもんだ。
この世界に入って長い。もう4、5年は経った。高校中退、危うくsuicide、そんな俺を救ったのがhip-hop。たまたま通った平木の路地裏、そこでやってたサイファー。ハゲデブのデカ男がキレッキレの韻をブチかましてた。俺の師、鬼熊との出会いだった。そいつは明らかに暗い、ってのもおかしいことだが、そんな様子の俺を見て思うところでもあったのか、何もなかった俺に話しかけてきた。当時はちびる程ビビった、なんせアホみたいに強面なmanだ、だけどそいつは思いのほか優しかった。そいつは俺の中にhip-hopを見たらしい。鬼熊に教えられて、俺はいっぱしのストリートラッパーになった。MC-name凱旋、それが今の俺の名だ。今じゃ舎弟もいる、ここいらじゃ名の知れたラッパーになった。
そんな俺の今日のプランは舎弟を集めてのサイファー。見どころがあるやつらだ。狂、kohei、夜叉、beatの四人。狂はガリガリだが語気は誰よりもきれてる。koheiはがちがちに固い韻を踏み鳴らす。夜叉はフロウが完璧。beatその名の通り、あらゆるビートをデカい図体を揺らして乗りこなす。こいつらはいずれ、この界隈の新人トップを張る。
舎弟4人と落ち合い、早速路地裏の通りでサイファーを始めた。俺は今回はビート担当だ。ラッパーたるものビートボックスもできなきゃ話にならない。できて初めていっぱしのラッパーだ。ラップで韻しか踏まないようなやつは言葉遊びの範疇に収まる。真のラッパーは”音楽”をやってる。"音楽"をやるんなら、ビートボックスはできないとだめだ。
俺のビートに舎弟どもが各々言葉を載せていく。今日のこいつらはだいぶhighだ。俺はクスリはやらないが、やるやつのことを否定はしない。いい音楽になるなら、どんな手段でも使うのがラッパーだ。あくまで予想でしかないが、夜叉と狂はやってる。
一通りやって、他のグループのやつらに喧嘩を吹っかけに行くことにした。ラップは実践でこそ磨かれる。丁度、明石のやつらが近くにいるらしい。そこの頭に連絡を取って、舎弟どもを引き連れる。各地区のトップとはたいていつながりがある。こういう繋がりを保てるってのも、頭を張る大事な素養だ。あと、どこの派閥でもない奴らがうろついてたから、オーディエンスとして呼びつけた。勝負事にはオーディエンスがいる。
明石のやつらとご対面。頭はスキンヘッドのグラサンだ。この界隈は大体ガラが悪いが、気のいい奴が多い。ここの頭はまさにそれを体現したような奴で、俺を見た瞬間銀歯をぎらぎらさせながら俺にハグを求めた。当然俺はそれに応える。向こうの舎弟も4人。3人はおどおどとしてるようだが、一人は堂々としている。まあ負けやしない。ラップバトルは7割フィーリングだ。最初からびくついてる奴らに負ける道理はない。
こういう身内ではないバトルでは、ビートはフリーの8小節を使う。その方が有利不利が無くて平等って理由だ。身内のビートには乗りやすい、当然の話だ。オーディエンスによってビートが決定される。先行はウチだ。一番手にはkoheiを出す。こいつの乗り方をみれば、他の三人も乗りやすくなるからな。
バトルが始まった。koheiのノリに乗ったビートに相手はたじたじになっちまって見てられない。衆人環境で緊張してるのもあるんだろう。初戦はこっちの圧勝だった。まっそらそうか。見えてた勝負。相手、相当食らってる。スキンヘッドが一番手のやつの肩を叩いた。聞けば始めたばかりだと。それでkoheiに当たったのは酷だったな。今後に期待だ。
二回戦、三回戦と危なげなくこちらが勝つ。オーディエンスも界隈についてわかってはいるから、この結果が見えてたのか欠伸をしてる奴もいる。まあ、無理のないことだ。プロップスの差だ。積み上げてる奴が勝つ。
最終戦、最後に出てきたのはあの堂々としてるやつだ。こちらは狂を出す。最後にこいつを出すことで、完膚なきまでに相手を叩き潰そうって魂胆だ。ちなみに、これを考えたのは俺じゃなく狂。こいつはマジモンのヤバい奴だ。そのうちサツにしょっぴかれるんじゃないかと、当人よりも俺の方がびくびくしてる始末だ。
ビートが流れ出した。狂の完璧な言葉の刃が相手にブッ刺さる。オーディエンスが思わずヒューと鳴らした。若干外した乗り方がむしろ言葉を強く突き立てる。こいつのラップは抜群の切れ味。締めだしこれくらいやってもいいだろう。狂が最後のfワードを吐いて、相手にマイクが回る。
まず、驚いた。初手から完璧な韻を踏んでやがる。2,3小節を踏んでいくのに、韻に踏まれる気配すらない。しかもそのフロウもまた秀逸、流れが変わった。オーディエンスが息を飲む。狂も珍しく焦ってる。さっきの舎弟どもが微妙だったから、ギャップがものすごい。スキンヘッドが歯を見せた。不味い、そういう作戦か。本命はこいつだ。おおよそ新米とは思えないスキルだった。
最後のやつの作り出した流れに負け、狂は負けた。そんでもって、グループ単位でもあちらに軍配が上がった。最後の最後で全部もってかれたのだ。呆然とする舎弟どもと俺。明石の頭が握手を求めてきた。俺は最後のやつの素性を訊いたが、どうもこいつも最近始めたらしい。全く恐ろしい原石だ。既に強すぎる輝きを放ってやがる。
最後に戦ったやつは、一人ですかした様子で佇んでいた。他の舎弟どもはうちのやつらと駄弁ってるのに、こいつだけ離れている。俺は気になって話しかけに言った。そいつはだるそうに俺を見て、何か用か、とぶっきらぼうに言った。用って言われても困るがせっかくだからたばこを吸わないか誘った。そいつは吸わないらしかった。いよいよ困ってると、そいつは腹の立つことに「一度勝ったやつらには興味が失せるんだ」と言い放った。一瞬ピキっときたが、俺は抑えた。ラッパーなら、ラップでけりをつけるべきだ。俺の舎弟とはやりあったが、俺とはやってないだろう、と発破をかけた。そいつはため息をついて、一回だけだぞと言った。じゃんけんで先行は相手、ビートはGファンク系のやつに決まった。
そいつがビートに乗り始めた。王道の乗り方。外さないピッチ、踏み続けられる韻、絶妙なフロウ。なるほど天才児。時代が違えば天下一。だが残念、ここにはillな俺がいる。一度は負け組、今や韻ベタ踏み、要らない出稼ぎ、知らないネタ切れ。俺は大人げなくブチかました。調子乗ったwackにリアルってやつを教えてあげるのも、先輩としての役割だ。
結果は明らかに俺の圧勝。合掌。相手は呆然。俺にしちゃ当然。積み重ねたプロップスとスキル。ここぞってときにそいつらは活きる。音圧が目に染みる。
相手は俺に負けて、無言だった。握手を求めると、しぶしぶそうに応じた。じゃあな、と声をかけても無言。マジで今まで負けなしだったのかよ? まあ、界隈は狭い。井の中の蛙の多い界隈だ。無理も無いか。そんな奴の背中に、俺は声をかけた。次は、気の利いた別れの言葉でも考えておきな。
あとがき
私は文芸部の端くれをやっており、この作品は最初と最後の一文だけを人に委ねて書いてみたものだ。変で、面白くもない作品になってしまった。読んでくれた人、申し訳ない。ありがとう。