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ベーシックインカムを導入した後の世界

近未来の日本、長時間労働と低賃金に苦しむ社会で、国民全員に月額11万円を支給するベーシックインカムが導入され、誰もが「生活のために働かなくても良い」自由を手にしたかに見えました。希望に満ちた時代が到来する中、人々は仕事から解放され、家族との時間や自分の夢に専念できるようになります。しかし、時が経つにつれ、社会には次第に違和感が漂い始めます。 『RICE WORK』は、経済的安定と引き換えに失われた「働くことの意味」や「人間としての尊厳」を問いかける物語。理想と現実の狭間で揺れる人々の姿を通して、私たちに社会の未来を考えさせるディストピア小説です。


序章:「変革の序曲」



1. 世界の労働状況
労働環境と生産性の指標で見ると、日本の労働環境の問題が際立って見える。各国の「生活と労働のバランス」には違いがあり、特に日本では「長時間働いても効率が上がらない」という現状が浮かび上がる。
日本
労働人口:約6700万人
平均労働時間:年間約2000時間
GDP:約5兆ドル
平均給与:年収約440万円
一人当たりの生産性:約37ドル/時間
特徴:長時間労働が常態化し、非正規雇用の割合は約3割。
アメリカ
労働人口:約1億6000万人
平均労働時間:年間約1800時間
GDP:約25兆ドル
平均給与:年収約550万円
一人当たりの生産性:約86ドル/時間
特徴:多様な働き方が進む一方で医療費が高く、生活費の負担が大きい。
ドイツ
労働人口:約4500万人
平均労働時間:年間約1350時間
GDP:約4兆ドル
平均給与:年収約600万円
一人当たりの生産性:約66ドル/時間
特徴:労働者の権利が強く保護され、ワークライフバランスが重視される。
フランス
労働人口:約3100万人
平均労働時間:年間約1500時間
GDP:約2.6兆ドル
平均給与:年収約500万円
一人当たりの生産性:約56ドル/時間
特徴:労働時間規制が厳しく、週35時間労働が標準。福利厚生も手厚い。
イギリス
労働人口:約3300万人
平均労働時間:年間約1600時間
GDP:約3兆ドル
平均給与:年収約520万円
一人当たりの生産性:約57ドル/時間
特徴:柔軟な働き方が進み、リモートワークが普及。労働環境が安定している。
こうしてデータを並べると、日本は他国に比べて労働時間が長いにもかかわらず、生産性はアメリカの約半分に留まっている。人々は日々の生活のために長い時間を労働に費やしながらも、「自分のために生きる」余裕を持てない現実が浮かび上がる。



2. 労働環境の現状
日本の労働者の多くは、毎日限界まで働き、なんとか「生きるため」に必要な収入を得ていた。しかし、非正規雇用の割合が3割を超える中、多くの人が安定した生活を送ることができず、やむなく複数の仕事を掛け持つ者もいる。
正規雇用者もまた、安定とは無縁だ。年間2000時間を超える労働時間やサービス残業、深夜まで続く仕事が当たり前のように受け入れられている。仕事に人生を捧げても、「豊かさ」を実感できる人は少ない。人々は「生活のために働く」ことに追われ、自分自身の夢や成長を犠牲にし続けている。
「もっと家族と一緒に過ごしたい。でも、働かなければ生活が成り立たない」
「好きなことをやりたいけど、結局は安定した収入が最優先だから会社を辞められない」
こうした声がSNSや職場、居酒屋などあらゆる場所で聞こえてくる。労働に追われ、人生を生きる実感が薄れていく人々は「なぜ自分はこんなに働かなければならないのか?」という疑問を抱きながらも、答えを見つけられないまま、日々を過ごしていた。



3. 政治不信と国民の怒り
そんな中、政府内で「政治と金」にまつわるスキャンダルが発覚。大臣や高官クラスの政治家が、企業からの賄賂を受け取り、自らの私利私欲のために税金を浪費していたことが明らかになる。国民が必死に納めた税金が、腐敗した政治家たちの手によって無駄に使われていたのだ。
テレビやインターネットのニュースは毎日このスキャンダルで持ちきりとなり、SNSでも政府への怒りが激しさを増していく。
「この国は、私たちを守るどころか、私たちを犠牲にしているんじゃないか?」
「こんな政治に税金を払っている意味なんてあるのか?」
こうした声がSNSで急速に拡散され、既存の政治家たちへの批判が日に日に高まっていく。人々の心には、今の政治が変わらなければ未来はないという確信が生まれていた。



4. ベーシックインカムの導入議論
こうした批判を受けた政府は、対策の一つとして「すべての国民が安心して暮らせる社会」を掲げ、ベーシックインカム導入を提案する。すべての国民に月額11万円を支給し、最低限の生活保障を約束するこの政策は、社会に広がる不安を解消するかのように発表された。
政府が掲げたこの「新しい社会のビジョン」に、国民の間には期待の声が上がり、「生活が楽になる」「仕事に縛られなくなるかもしれない」という期待が高まっていった。



5. ベーシックインカム導入法案の成立
政府内で議論が続く中、ついにベーシックインカム導入法案が国会で可決される。ニュースは「新しい社会の幕開け」を伝え、法案成立の日には多くの支持者が国会前に集まり、歓声とともに新時代の到来を喜び合っていた。人々の間に広がるのは、生活のために働かずとも安心して生きられる社会への希望と期待だった。



このようにして、日本はベーシックインカムという新しい社会へと踏み出す。人々は皆、自由と安心を謳歌する未来を待ち望んでいた。


第1部:「導入期 - 希望に満ちた未来」



1. ベーシックインカム開始の歓喜
日本でのベーシックインカム導入が正式に決まったその日、全国は熱狂の渦に包まれた。ニュースキャスターが「ついに新しい社会の幕開けです!」と、まるでお祝いのように報道する中、多くの人がテレビやスマートフォンの画面に釘付けになっていた。
夜の街に出ると、居酒屋やカフェには人があふれ、至るところで喜びの声が飛び交っていた。「これで生活が少しは楽になる」「もう残業しなくてもいいかもしれない」と、夢を語る人々の表情は明るく、誰もが未来に期待を抱いていた。国民全員に月額11万円が支給されるこの制度は、生活の安心を保証し、働かずとも最低限の生活が送れる世界への第一歩となるはずだった。



2. 主人公・陽太の日常の変化
30代の主人公、陽太もその恩恵を実感していた。これまで生活のために必死に働いていたが、ベーシックインカムの支給によって、心の中に余裕が生まれた。毎日遅くまで働き詰めだった彼は、職場の人手不足を理由に、なんとか休みを取ることもできずにいたが、11万円の支給は思いがけない「自由」だった。
会社でも徐々に変化が起こり始める。会社が導入を進めていたAIが、いくつかの単純業務を肩代わりするようになり、職場の空気が少しずつ穏やかになった。陽太の仕事も少しずつ減り、今まで終電近くまで働いていた時間が短くなった。週に一度は早く帰宅できるようになり、久々に家族との夕食を楽しむことができた。
「パパ、今日は早いんだね!」
娘の笑顔に迎えられながら、陽太は心の底から安堵していた。



3. 社会全体に広がる「自由」の空気
街を歩けば、以前よりも人々の表情が明るく見えた。飲食店や商店街では新しいビジネスが始まり、アーティストや手作りの雑貨を販売する人々が増えた。少しずつ生活に余裕ができたことで、自分の好きなことややりたいことに挑戦する人が増えていたのだ。SNSでも、「ベーシックインカムで夢を追う」というタグが広まり、人々が自分の夢を語る場が増えていった。
陽太もその空気に背中を押され、長年夢見ていた資格取得を目指し、学び直すことを決意した。仕事の合間に勉強を始めることで、今まで抱いていた生活の不安が少しずつ薄れ、自分の人生を豊かにする一歩を踏み出せたような気がした。



4. 企業の変化と新しい働き方
企業でもベーシックインカムの影響を受けて大きな変化が起こり始めた。長時間労働に依存する体制を見直し、AIを導入することで効率を上げ、従業員の負担を減らそうという動きが進んだ。陽太の会社でも、単純なデータ入力作業や資料作成などの仕事は、次第にAIに任されるようになり、人間が行うのはクリエイティブな業務や判断を要する仕事が中心になっていった。
社員たちは次第に「働くこと」への考え方を変え始めた。ベーシックインカムがあるからといって、必ずしもフルタイムで働く必要はない。会社は選択肢を広げ、プロジェクト単位での参加や時短勤務など、柔軟な働き方が実現されつつあった。陽太もプロジェクト単位での働き方を選び、必要な時だけ会社に行くという新しい生活スタイルに挑戦するようになる。



5. 家族との時間と新たな生活スタイル
「週に三日だけ働く」。それが陽太の新しい働き方となった。ベーシックインカムで最低限の生活費は確保できるため、家族との時間を増やすためにあえて働く日数を減らすことにしたのだ。
週末には家族で旅行に出かけたり、近所の公園でピクニックをしたりと、以前よりも家族と過ごす時間が格段に増えた。今までほとんど顔を合わせることもなかった妻や子どもたちと、ゆっくりと話す機会も増え、陽太は今まで知らなかった家族の表情や一面に気づくようになる。久々に見る家族の笑顔は、彼にとって何よりの安らぎだった。



6. 夢を追う人々の姿
SNSでは、「夢を追う」人々の姿が話題となっていた。ベーシックインカムによって生活の心配が減ったため、アートや音楽、起業など、個人の好きなことを追求する人が増えていた。特に若い世代は、バイトに追われる生活から解放され、人生の選択肢が増えたことで、クリエイティブな活動に没頭する姿が多く見られた。
陽太の友人である裕樹も、その一人だった。もともと趣味で絵を描いていた彼は、会社を辞めてフリーランスのイラストレーターに転身した。SNSに投稿した作品が注目を集め、ついには地元のギャラリーで個展を開くまでになったのだ。
「ベーシックインカムがなかったら、夢を追うなんてできなかったよ」と笑う裕樹の姿は、陽太にとって眩しかった。



7. 社会の新しい活気と期待
ベーシックインカムが導入されて数か月、社会には今までとは違う活気が満ち始めていた。地域のコミュニティ活動が活発になり、ボランティアやチャリティ活動に参加する人が増え、誰もが「自分のために生きる」ことの喜びを感じていた。
多くの人々が、自分自身の生き方を見直し始めていた。労働から解放され、豊かな生活を実感する中で、国民全体が「新しい社会」を築き上げているかのようだった。街の風景も、どこか穏やかで、温かさが漂っていた。



8. 未来への期待
陽太は、ふと未来に思いを馳せる。ベーシックインカムによって得た自由な生活は、今までの人生では想像もつかなかったもので、彼の生き方を大きく変えていた。長年抱えていた不安が消え、家族や自分のために生きるという喜びが、彼の心に広がっていた。
日本全体が「新しい時代」の到来に胸を膨らませ、希望に満ちた未来を信じ始めていた。




第2部:「変換期 - 理想の社会の到来」



1. 自由に慣れつつある日常
ベーシックインカムの支給が始まって数年が経った頃、人々はこの「自由」にすっかり慣れていた。陽太の会社でも、働き方はますます柔軟になり、フルタイムではなくプロジェクトごとに参加する形が普通になりつつあった。かつての「終身雇用」「年功序列」といった概念はほぼ消え去り、社員も「必要なときに働く」スタイルを当たり前と感じるようになっていた。
しかし、ふとした時に陽太の胸に浮かぶ違和感があった。プロジェクト単位の雇用が増える一方で、定職に就ける人は年々減っているのだ。それでもベーシックインカムがあるからと、周囲の人々は特に気にする様子もなかった。社会の基盤が「個人の自由」と「自己責任」に根ざしていることで、人々はこの変化を受け入れていた。



2. 公共サービスの縮小
ベーシックインカムの支給額が徐々に引き上げられるにつれ、政府は一部の公共サービスや社会保障の縮小を発表した。医療や教育の補助が見直され、義務教育以外の教育費は自己負担が増えていく。また、高齢者福祉の予算も削減され、「個々が自立した生活を送ること」が政府から奨励されるようになった。
当初、陽太はそれを「政府が財政健全化を目指しているだけ」と軽く考えていた。しかし、娘の教育費がかさんできたころから、どこか割り切れないものを感じ始めた。周囲でも同じように、教育費や医療費が増加して生活が圧迫されているという声を聞くようになるが、社会全体ではそれが「仕方がない」と受け入れられている風潮だった。
「自由と引き換えに、自己責任を果たすのが当然だ」
「自立した社会を作るためには、福祉を当てにするのは間違いだ」
こうした声がネットやメディアでも目立つようになり、人々は次第に「自己責任」の言葉を口にすることが増えていた。



3. 会社での圧縮と生産性の追求
陽太の会社では、業務効率の向上がさらに進められていた。AIが新たな業務を代替するようになり、社員の数も最適化の名のもとに徐々に減らされていく。必要とされるのは生産性の高い者のみであり、会社は「より効率的に」「より結果を出せる人材」だけを求めていた。
その結果、長年の同僚や友人の中にも、プロジェクトに呼ばれる機会が減る人たちが増えてきた。「ベーシックインカムがあるから大丈夫」と口にする彼らの姿に、陽太はかすかな寂しさを覚えた。職場に足を運ぶことなく家にこもる友人たちが増えていく中、働くことがただ「生産性」という言葉にすり替えられていることに疑問を感じつつも、その思いを自分の中に抑え込んでいた。



4. 日常生活の変化と影響
街を歩けば、以前に比べて少しずつ変化していることに気づく。高齢者が多く集まっていた公共施設の数が減り、街の医療機関も経費削減の影響で少なくなっていた。道を歩いていても、いくつかの診療所や福祉施設が閉鎖されていることに陽太は気づく。人々は「体調が悪ければ、費用を自己負担して治療を受けるのが当たり前」という空気の中で暮らしており、政府の援助に頼らなくなっていた。
ある日、近所の住人が突然体調を崩したという話を聞いた。だが、「自分で対処しなければならない」「誰かに頼るのは甘えだ」という風潮から、彼は救急車を呼ぶこともできず、家族でなんとか支え合う姿が周囲の目に留まっていた。かつてなら当然のように享受できた福祉が、いつの間にか奪われていることに気づく者は少なかった。



5. AIと管理社会の進展
ベーシックインカムによる「生きるための働き方」の放棄は、多くの人々にとって解放を意味していたが、同時に、企業のAI化が加速していくことも意味していた。効率化を進める中でAIは、膨大なデータを集め、社員の成果や勤務状況を綿密に監視するようになっていた。
ある日、陽太は社内で行われる評価が、AIを通じてより厳格に管理されていることを知る。毎日の行動や成果がすべて数値化され、それに基づいてプロジェクトの参加有無が判断される。AIの判定によって「有能」と見なされなければ、次第に職場での役割がなくなっていくのだ。
陽太は、自分が評価に達しているうちは大丈夫だろうと思いながらも、どこかで「この評価に一度でも落ちれば、自分も無用の存在として扱われるのではないか」という不安が拭えなかった。



6. 家族の絆と教育の不安
陽太の娘も成長し、進学について考える時期がやってきた。以前よりも高くなった教育費に驚きつつも、家族は「これも自己責任だ」と納得するしかなかった。進学が当たり前とされていた社会が徐々に崩れ、「行ける人だけが行くもの」という意識が広がっていた。
周囲では進学を諦める若者や、自己負担で進学費用を支払うために働き始める者も増えていた。陽太もまた、娘の未来に少なからず不安を覚えていた。ベーシックインカムが生活を支えるものの、学びや夢を追求するには限界がある。そんな現実に、彼は「本当にこれでいいのか?」という思いを胸に秘めながらも、家族に不安を伝えることができずにいた。



7. 社会の新しい秩序と違和感
ベーシックインカムが導入され、すべてが理想的な未来を約束するはずだった。自由が増し、働かずに生活できる社会は確かに手に入ったが、同時に人々の間には小さな溝が広がりつつあった。人々は互いに助け合うことが少なくなり、自己責任の名のもとに個々が「自分の生き方」を尊重しすぎるようになっていた。
特に地方や高齢者の多い地域では、福祉の縮小によって生活が困難になりつつあったが、メディアも周囲の人々も、そうした問題を「それぞれが自立するのが当然だ」と片付けていた。陽太の胸には、かすかな違和感が日に日に積もっていく。



8. 陽太の不安
ベーシックインカムがある限り、生活の不安はない。そう自分に言い聞かせながらも、陽太はいつしか生きる上での「何か」を失っているような感覚に陥っていた。家族のために安心して暮らせる社会を選んだはずが、どこかでその「自由」が自分から大切なものを奪っているのではないか、という疑念がわずかに膨らんでいた。
人々の自己責任が強調され、社会の秩序が変化する中、陽太は次第に、ベーシックインカムの陰にある見えない束縛に気づき始めていた。しかし、その不安をどう表現すべきか、彼自身もわからずにいた。

第3部:「新しい日常」



1. 世界と日本の10年後の労働状況
10年が経過し、世界各国はそれぞれ独自の社会制度のもとで経済と労働環境に変化が生じていた。AI技術の発展と働き方の多様化により、どの国でも労働人口が減少傾向にあるが、日本は特にベーシックインカムによる影響が顕著である。

  • 日本

    • 労働人口:4700万人(10年前と比較して約30%減少)

    • 平均労働時間:週20時間の短時間勤務が標準化

    • 平均給与:年収400~450万円(労働収入とベーシックインカムの合計)

    • 特徴

      • 婚姻率と出生率の増加:若年層の結婚や出産が増え、子育て世帯が増加。

      • 物価とサービス費用の上昇:教育費は1.5倍、医療・介護費用も約1.2倍とインフレ傾向が加速しており、ベーシックインカムがあっても家計に余裕があるとは言えない状況に。

      • 自己責任と効率重視の社会:短時間勤務やプロジェクト単位の働き方が普及し、自己完結型のライフスタイルが推奨され、支援の格差が地域ごとに顕著に現れている。

  • アメリカ

    • 労働人口:1億5400万人(緩やかに減少)

    • 平均労働時間:週40時間だが、リモートワークやフリーランスが増加

    • 平均給与:年収600~650万円

    • 特徴:格差が広がり、都市部に高所得層が集中。医療費や教育費の個人負担が増加し、地方との経済格差が深刻化。

  • ドイツ

    • 労働人口:4200万人(少子高齢化で減少)

    • 平均労働時間:週35時間で安定

    • 平均給与:年収630~700万円

    • 特徴:労働者の権利が守られ、ワークライフバランスが重視される。高齢化に伴う影響を最小限に抑えるため、AI導入で生産性向上を図っている。

  • フランス

    • 労働人口:2950万人(緩やかに減少)

    • 平均労働時間:週35時間

    • 平均給与:年収540~580万円

    • 特徴:社会保障制度の維持が国民の安心を支えるが、特に文化分野で働く人が多く、労働の自由が重視される。経済は安定している。

  • イギリス

    • 労働人口:3100万人(緩やかに減少)

    • 平均労働時間:週30~35時間

    • 平均給与:年収580~620万円

    • 特徴:柔軟な働き方が普及し、都市と地方の格差が顕著。リモートワークが定着しているが、伝統的な産業が根強く残る。



2. ベーシックインカムによって変わった日本の日常
日本では、ベーシックインカムが支給されるようになってから10年が経過し、人々の生活は新たな形へと変化を遂げていた。ベーシックインカムが生活基盤となったことで、多くの人がフルタイム労働を必要とせず、週3日、一日6~7時間の短時間勤務が主流となっていた。AI技術が進化し、多くの業務が効率化される中で、必要に応じてプロジェクトごとに働く「単発型」の仕事が一般的になっている。
10年前は「働かずとも生活が保障される」という点に魅力を感じる人が多かったが、今ではそれが当たり前となり、逆に「なぜ働くのか?」という疑問が広がっていた。人々は自分の意思で働くことを選べる一方で、生活水準を維持するために自己責任で費用を管理しなければならないプレッシャーを抱えている。



3. 陽太の日常
陽太も、こうした新しい日常に身を置いている。かつてはフルタイムで働き続けていたが、今はプロジェクト単位の仕事がメインで、週に20時間程度しか働いていない。短時間勤務とベーシックインカムで最低限の生活費は賄えるが、娘の教育費や生活費がかさみ、余裕があるとは言えない状況だ。
物価の上昇も、陽太の家庭に重くのしかかっていた。特に教育費が以前の1.5倍に跳ね上がっており、大学進学を考える娘のために支出を抑え、貯蓄を増やさなければならない。妻は食費や日用品の購入を切り詰め、生活費を節約する工夫をしているが、医療費や予備費を確保する余裕がないのが現状だ。
また、以前に比べ、友人や親戚と会う機会も少なくなった。ベーシックインカムによる最低限の保障があるため、働く意欲を失い、他人と会う機会も減っている。社会全体が自己完結型の生活を送るようになり、家族や地域での「支え合い」の感覚が薄れつつあることを、陽太は感じていた。



4. 地域格差とインフレの影響
ベーシックインカム導入以降、インフレ傾向が加速しており、物価の上昇に人々は戸惑いを隠せなかった。特に、教育費や医療費、生活必需品の価格が大きく上昇し、ベーシックインカムが支給されているにもかかわらず、家計が圧迫される家庭が増えている。富裕層が集中する都市部には高額な医療機関や教育施設が残っているが、陽太が住むような一般エリアでは限られたサービスしか利用できない。
また、地方の公共サービスが縮小され、福祉施設や診療所も減少傾向にある。支援が必要な人々が都市部に集中するため、地域ごとの生活水準やサポート体制に格差が生じ、同じ日本であっても「生活しやすさ」が大きく異なる時代に入っていた。



5. 新たな不安と日常の違和感
陽太は、この新しい日常にどこか違和感を抱いていた。仕事を選ぶ自由がある一方で、物価の上昇や生活費の負担増加により、かえって「選択肢が減っている」ように感じることも多い。周囲には、仕事を失ってベーシックインカムだけで暮らす友人も増えているが、彼らの多くは「社会から疎外されているような感覚」を口にすることが増えた。
「ベーシックインカムがあるから大丈夫」という安心感に裏打ちされた生活は、逆に陽太にとっては「今の生活が続かなければどうなるのか」という漠然とした不安を抱かせるものでもあった。家族との時間が増え、以前に比べて心の余裕が生まれた一方で、陽太は「何かが足りない」感覚に襲われることが増えていた。日々の生活が「最低限の安定」に支えられているにもかかわらず、何か大切なものが失われつつあるという不安が胸の奥に広がっていく。
ある日、陽太は古くからの友人、佐藤と再会する機会があった。佐藤もまた、ベーシックインカムに頼りながらプロジェクト単位で働いている一人だが、ここ数か月は依頼が減少し、仕事がほとんどない日が続いているという。「生活はなんとかなるけど、自分が本当に必要とされているのか、わからなくなってきた」と佐藤が漏らした言葉に、陽太は共感を覚えた。社会における自分の役割があやふやになり、誰もがそれを指摘しないまま、ただ黙々と生活を続けているように感じたのだ。



6. 不安の広がりと未来への疑問
陽太は日々の生活を送りながら、心の中に小さな疑問を抱え続けていた。周囲の人々もまた、物価の上昇や福祉の削減を身近に感じ、次第に「このままでは限界がくるのではないか」という不安を口にするようになっていた。10年前に感じていた「自由」という希望は次第に色褪せ、社会にはかすかな緊張感が漂い始めている。
彼はふと、ある言葉を思い出す。「社会は一人では成り立たない」。ベーシックインカムによって個々が自立することを前提としたこの新しい日常は、かつてあった「支え合い」の精神を失っているのではないか?そうした疑念が、陽太の心を離れなかった。


第4部:「揺れる未来」



1. 若者たちの就職離れと広がる無気力
ベーシックインカム導入から10年。新たな世代である若者たちの間では、「生活のために働く」という概念が急速に薄れつつあった。大学生のうち約2割が就職を選ばず、ベーシックインカムに頼る道を選んでいた。かつては「未来に希望を抱き、社会に貢献する」という価値観が主流だったが、今の若者の多くは「最低限の生活ができれば十分」と考えている。
社会には、無気力で生きる意欲を失ったような若者たちが増加していた。彼らは職に就かず、日々の生活費はベーシックインカムに依存し、時間をSNSやゲームに費やすことが多くなっている。外出や人との交流を避ける者も多く、社会的な繋がりや意欲が欠如していた。



2. 社会の空気の変化とマナーの崩壊
街に出ると、かつて当たり前だった「公共の場での礼儀」や「思いやり」が薄れつつあることを、陽太は肌で感じていた。電車やバスに座ってスマートフォンに没頭し、周囲への気遣いを忘れた若者たち。かつては互いに配慮し合う空気があったが、今では誰もが周りに無関心で、見知らぬ人との接触を避けている。
「お互いを思いやる」という意識が徐々に失われ、社会全体に自己中心的な行動が目立つようになっていた。陽太も時折、ふとした拍子に周囲の若者たちから投げられる無関心な視線に、言いようのない孤独感を感じるようになった。公共施設ではゴミが増え、ルール違反が目立つ一方で、誰もそれを指摘しようとしない。ベーシックインカムがもたらした「生活の保障」が、逆に人々から社会性を奪っているのかもしれないと陽太は思わずにはいられなかった。



3. 労働人口の減少と海外からの移民労働者
労働人口の減少に歯止めがかからず、政府は海外からの移民労働者の受け入れを開始していた。日本国内での生産力を維持するために、製造業やサービス業などの労働力として彼らが招かれ、国内のさまざまな業種で働くようになっていた。彼らの多くは、日本人が選ばないフルタイムの仕事に従事しており、主に都市部や工業地域に定住している。
移民労働者は新たなコミュニティを形成し、彼ら自身の文化を保持しつつ、日本社会の一部として生活していた。日本語や日本の習慣に馴染んでいく一方で、彼らと日本人の間にはどこか壁が存在していた。地域によっては移民労働者が増え、街の様相が変わりつつあるが、ベーシックインカムに頼り労働から離れた若者たちは、彼らとの交流を避ける傾向があった。



4. 日常に見え隠れする違和感
陽太もまた、職場で移民労働者と接する機会が増えた。彼らは仕事に熱心で、厳しい環境にもかかわらず明るさを失わない姿勢に、陽太は心の中で敬意を抱いていた。しかし、同じ職場の若い社員たちは、移民労働者との関わりを避け、あからさまに距離を置くことが多かった。
ある日、若手社員の一人が移民労働者に対して無礼な態度を取っている場面を目撃し、陽太はその態度に深い違和感を覚えた。「どうして彼らはこうまでして他者を拒絶するのだろうか?」と、自分の中で問いかけずにはいられなかった。
5. 価値観の分断と社会の不協和音
社会のあちこちで「働くこと」に対する価値観の違いが表面化し始めた。無気力な若者層は、ベーシックインカムによって最低限の生活が保障される一方で、社会への責任感や自己成長への意欲を失っているように見えた。一方で、移民労働者たちは日本での生活基盤を築こうと懸命に働き、彼らの存在は社会を支えるための貴重な労働力となっていた。
しかし、移民労働者が日常生活の中に溶け込み始めると、彼らへの偏見や疎外感も同時に表面化していた。無関心で無気力な若者層と、外から来た異文化の労働者との間には、目には見えない緊張が生まれ、社会の不協和音が少しずつ広がっていた。



6. 日常に感じる孤立と不安
陽太は、家族と一緒に暮らしているにもかかわらず、日常に漂う孤立感と不安を感じるようになっていた。街には、他人との関係を避け、内向的に暮らす人々が増えており、互いに心を開くことの少ない無言の社会が形成されている。会話をしない、目を合わせない、挨拶もしないという風潮が、ベーシックインカム導入後の新しい「日常」として根付いていた。
子どもたちの学校でも、「社会性を育む活動」が減りつつあると聞き、陽太は一抹の不安を感じていた。若い世代が「人と関わること」を避けて生きる社会が、これからどうなってしまうのか。その行く先を想像するたびに、陽太の胸に暗い影が落ちるのだった。



7. 陽太の葛藤と家族への責任
陽太は、これからの社会に不安を抱きながらも、家族のために何か行動を起こさなければと強く感じていた。社会の変化に振り回されるだけでなく、自らの手で未来を切り開くために、再びフルタイムに戻ることや、スキルを磨いて新しい仕事に挑戦することを真剣に検討し始めた。
「家族を支えるのは、もう自分しかいない」。かつて失われていた「支え合う」感覚が、家族を通して陽太の中に蘇り、彼は新しい生活のための決意を固める。社会が混乱に陥る中でも、彼は家族と共に未来を守り抜くための一歩を踏み出そうとしていた。

第5部:「崩れゆく連帯」



1. 移民労働者との連帯感と働く充実感
陽太は移民労働者たちと共に働く中で、これまでの孤立した職場環境とは異なる「温かさ」を感じていた。彼らは慣れない異国の地で真摯に働き、互いに支え合い、助け合っている姿が印象的だった。何より、日々の仕事に対して楽しさや意義を感じ、誇りを持って働いているように見えた。そんな彼らと接することで、陽太は次第に「働くことの意味」を見つめ直すようになる。
ある日、陽太が彼らに業務の効率的なやり方を教えると、移民労働者の一人が笑顔で「ありがとう、あなたのおかげで自信がついた」と言葉をかけてくれた。その瞬間、陽太は仕事に対する充実感を取り戻し、彼らと共に働くことが自分の中で大きな意義を持っていることを実感したのだった。



2. 移民の人々への理解と参政権の認可
移民労働者たちは、日本社会の一員として少しずつ受け入れられるようになり、地域社会の中でも次第に理解が深まっていた。彼らの誠実な姿勢や協力的な態度に触れ、多くの日本人が「一緒にこの国を良くしていく仲間」として彼らを受け入れる風潮が広がっていった。
その流れはやがて「参政権の認可」へと繋がり、政府は移民労働者に対して地方選挙や国政における参政権を認める決定を発表した。日本国民としての一員として、彼らの存在が正式に認められることとなり、人々は歓喜に包まれた。陽太もまた、「共にこの国を良くしていく仲間が増えた」という希望を胸に抱き、彼らとの協力関係に新たな意義を見出していた。



3. 突如発表された日本の分裂
それから数年後、日本政府から驚愕の発表が行われた。「沖縄、北海道、九州、四国の各地域が日本から独立することとなった」との内容に、国中が混乱に陥った。人々は戸惑いと不安を隠せないまま、ニュースやSNSで情報を確認し合ったが、政府からの説明は曖昧なもので、なぜ独立が突然認められたのかという理由がはっきりしなかった。
陽太はニュースを見て愕然とした。なぜ日本がこんなにも簡単に分裂するのか理解できなかった。街中の人々も不安そうにスマートフォンの画面を見つめ、通り過ぎる人と顔を見合わせることなく、その場に立ち尽くしていた。



4. 移民労働者の真実と社会の掌握
さらに、事態は急速に悪化した。移民労働者として受け入れられた人々が、日本の主要な政府機関やインフラを掌握していることが次々と明るみに出た。彼らの多くは工作員として日本に送り込まれており、日本社会の分断を狙っていたことが発覚したのだ。社会に溶け込み、日本人の信頼を得ながら徐々に要職を得ていった彼らは、ついに計画を実行に移し、各地で主要な施設や通信網を制圧していた。
陽太もまた、職場で親しくなった移民労働者が工作員だったことを知り、驚きと同時に深い失望を感じた。「一緒に国を良くしていく」という言葉を信じていたのに、すべては偽りであり、信頼していた相手が国を裏切るための一端を担っていたのだ。



5. 日本社会の少数派へと転落する日本人
分裂による日本国土の縮小と移民労働者の増加によって、日本社会の人口構成は急速に変化していた。日本人は数の上で少数派となり、民主主義の名のもとに政治的発言力を失っていった。政府の機関や主要なポストも次々に移民出身者によって占められ、国の行く先を決めるのはもはや日本人ではなくなっていた。
かつて陽太たちが信じていた民主主義が、いまでは皮肉にも「日本人を野党に追いやるシステム」となり、彼らの意見は社会の主流から除外されていった。多くの日本人が再び社会の周縁へと押しやられ、陽太は自分の国が変わり果てていくのをただ見ていることしかできなかった。



6. ベーシックインカムの停止と労働環境の変化
新しい政権の方針により、ベーシックインカム制度は突然停止されることが発表された。国民に最低限の生活を保障するはずだった制度が廃止され、多くの日本人が収入を失い、生活の基盤を奪われる事態に陥った。再び自らの手で生計を立てなければならない現実に、日本人の多くが打ちひしがれ、街には不安と絶望が漂い始めた。
働かなければならない現実が戻ってきたが、移民出身者によって管理される労働市場では、日本人に対して低賃金と長時間労働が課されることが常態化していた。かつて日本が提供していた海外労働者の待遇と同じように、日本人が今度は「低所得層」として扱われるようになっていたのだ。



7. 新たな現実に直面する陽太
陽太が毎日通う職場は、もはや「仕事場」というよりも「労働力消費施設」とでも呼ぶべきものになっていた。かつては誰もがベーシックインカムのおかげで自由な時間を楽しみ、働くことから解放されていた。今ではその自由な時間は、必要最低限の生活を維持するための「労働」で埋め尽くされている。陽太も、もはや仕事に楽しさや意義を見出すことはできず、ただ生きるために機械のように働いていた。
社会から尊厳を奪い取ったベーシックインカムは、見事に「ライス・ワーク」――つまり、食べるための働き方を人々に強いる新たな現実を生み出していた。「仕事は好きなときに、自由に選べる」という夢のような日々は過去のものとなり、今では「生きるために仕方なく働く」という現実がすべてを支配していた。
8. 日本社会の底辺へ
ある日、陽太はふとした瞬間に自分がかつて「仲間」として信じていた人々と、今や隔たりのある世界にいることを強く感じた。日本社会は、働くことへの意欲や信念を奪われ、ただ最低限の生活を維持するために働くだけの存在に成り下がってしまったように見えた。
陽太の周囲には、かつての仲間だった日本人たちが疲れ切った顔で働いている。移民出身の上司たちは監視の目を緩めず、容赦なく労働を強いる。どこかで感じていた「共に未来を築く」という思いは、陽太の中で虚しい記憶と化し、ただの過去の幻想だったと思い知らされていた。



9. 終わりなき現実の中で
街を歩くと、かつての希望に満ちた楽園の面影は、もはや見る影もない。ベーシックインカムでかつての安心を享受していた時代は遠く、今では誰もが何も言わず、何も感じず、ただ働き続けている。
陽太もまた、黙々と働きながら、自分がかつて失ってしまったものを思い返していた。働くことは「食べるため」だけでなく、人生の充実感や尊厳を保つ手段であるはずだった。けれど、今ではそんな価値観を話す者もいない。ただ働き、ただ生きるだけの毎日が永遠に続くかのようだった。
陽太は最後に、虚ろな目で街の景色を見つめ、消えゆく日本の面影を感じた。それはもう、彼が知っていた国ではなかった。


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