トンボー
一泊で
実家で一人暮らしをしている
母の顔を見てきた。
父が自死によって世を去ってから
一人になった母に
かわいらしい小型犬を飼わせていたが、
その子の寿命が尽きるほどの
年月が経った。
あの子が母を支えた。
私ではない。
私はあの子には死してもなお
足を向けられない気がしている。
私は古い鍵盤楽器を奏するのが趣味だが
実家には練習用に
古い壊れかけのキーボードを置いている。
実家に出発する前、
記録として録音したいと思い、
私はある曲をかなりしっかり練習していた。
これはフランス古典で、
作曲家ははっきりと明示してはいないものの
トンボー、つまり追悼曲らしい。
翌日、実家で何をするでもなく
母と一緒に空間を共にしていたが、
母が用事を済ませるためにリビングを出たとき、
私はそこに一人になった。
16年前から歳を取らなくなった
父の大きな写真が、そこにいつもある。
写真が急にクローズアップされた。
私はそのトンボーを弾き始めた。
そのような意図なく帰省したので
楽譜も持参していなかったが
かなり練習をしたために
暗譜で弾けるようになっていた。
出ない音もあるような
オンボロキーボードで
下手な私が奏するわけだから
音楽と言えるものではなかったが
私には出ない音も聞こえた。
父に聞こえただろうか。
父は何も言わなかったが。
私たちにとって、
それは音楽だった。
私は泣かずに弾き通した。
美しいものに
私も一歩近づく資格を得たい。
これは技術じゃないらしい。
初めて、
父への思いにけじめをつけたいと思った。
これがその曲。
自宅で練習してたときの録画。