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言葉を発せずとも


 いつも不機嫌そうな顔をしていて、
怒ることはあっても褒めることはなく、
一方的に意見を押し付けて、
こちらの話しは最後まで聞いてくれない。

私の気持ちよりも世間体を気にして、
何より威圧的で近寄りがたい存在。
それが、私の父だった。


父は怒るとすぐに感情的になって
大きな声を出し、
子供の頃はいつもそれを恐れていた。

どんなときも
父の意見に逆らうことはできず、
何でも父の賛成するほうを選んだ。


父の言うとおりにしておけば、
機嫌を損ねることがないばかりではなく、
大抵のことが上手くいったので、
窮屈な反面、
何かと頼りにしていたのも事実だ。


でも私は、
そんな父の存在が脅威で、
正直嫌いだったし、
あまり関わりたくなかった。


それに、父は私のことなんて
大事でも可愛くもないんだろうな、
と思っていた。


お父さんと何でも話せて、
笑顔を向けてくれて、
話を聞いて受け止めてくれる…
そんなふうに映る友達の家族が、
心底羨ましかった。


そんな父とは、
適度に心の距離を置いたまま、
大人になった。

そんな私も、
30代半ば結婚が決まり、
いよいよ嫁ぐことになった。

結婚披露宴では、お決まりの、
両親への手紙を読んで、
感謝を伝えた。

でも、今だから言うと、
書いた手紙の内容は、
半分くらいは本心ではなかった。

あまり良い印象のない父親に対し、
心の奥底から湧き出る言葉が見つからず、
私は表面上、とり繕ったのだ。

でも、両親はあの時、
嬉し涙を流していて、
上手く演じた自分に浸りつつも、
少しの後ろめたさを感じていた。

だから、
私が両親へ宛てたあの手紙は、
できれば大切に保管されたくない手紙だ。

周囲への体裁、
親への期待に添うように書き綴った、
つまり
自分のことばかりを考えて出来上がった
偽物だからだ。  



そんな結婚式の翌日、
私は父から一通の手紙を受け取った。

『おめでとう。
我が娘かと思うほど
きれいな花嫁だった。
感動の一日をありがとう。』

冒頭に綴られた一文に、
涙が滲んだ。

そしてその時、
父のことを誤解していた自分に、
生まれて初めて気がついた。

私は長い間、
父の表面だけを見て、
思い違いをしていた。

父は、不器用で、
人に弱みを見せられなくて、
すごく照れ屋で、

そして本当は、
家族思いで、人一倍繊細な、
優しさ溢れる人間だった。

私はその日、父からの信頼と、
心からの祝福と応援を受け取った。  


手紙だからこそ伝わる想い、
心がほどける瞬間がある。

手紙には、その人となりが表れる。

心底相手のことを思いながら、
偽りのない言葉を紡ぐ。

それが人の心を動かすのだということを、
一通の手紙が教えてくれた。

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