高速道路を時速100キロで駆け抜けていく。グレン・グールドの引くバッハは切なく、強い意志が込められている。視界を過ぎ去る光りの余韻は名残惜しそうに新たな景色に留まろうするが、残像だけを残し存在を消していく。そして新しい彼らはやってきては消えていく。音楽は光と絡み合いながら、過ぎ去る景色の闇に溶けていく。記憶もそうだ。瞬く間に時間は過ぎ去り、残像だけを残し消えていく。


潰したものは元には戻せないよ

マチスはそっとグラスの肌を優しくなぞって軽く微笑みかけたが、マスターはマチスの哀しみを悟って、笑うわけでもなく、静かに二度だけ頷いた。

マチスはその後も一定の間隔でグラスを空けていき、店内の客が誰もいなくなった時にはカウンターで潰れていた。

潰れたものは元には戻せないよ


マチスは国道6号線にある家賃の割には手狭なワンルームのマンションに一人で暮らしていた。マスターはバーからマチスのマンションまで、マチスの肩を抱いて雪の降り頻る中送っていった。

「親切だねあなたは」

マスターはやれやれという顔をしてから、タバコ咥えたが、ジッポの火が中々つかず、6回目でやっと火がつき、煙を吐き出した。

マンションに到着すると、マスターは部屋まで上がれるかとマチスに聞いたが、マチスは首を横に振り、無理とだけ答え、マスターは再び、マチスの肩を抱き、部屋のある6階まで一緒に上がった。

部屋の前まで着くと、マチスは平気な顔をしており、お茶でも飲んでいきなよとマスターを部屋に案内した。

マスターは吸えるのかと尋ねて、マチスは嫌だよと答え、マスターは吸っていたタバコを大きく吸いこんでから煙を吐き出し、タバコを地面に捨て、靴で踏みつけた。

部屋に入り玄関が閉まると真っ暗な空間がそこに現れ、マスターは幼少期にみたシロナガスクジラを思いだした。

マチスは立ち尽くしたまま電気をつけようとせず、しばらくしてからマスターを壁に押し付け、強引にキスをした。マスターが抵抗できずにいると、上下の歯を抉じ開けるようにマチスの舌がマスターの舌に絡みだし、マチスの息遣いが荒くなっていった。

マチスはマスターの手を引っ張り、強引にベッドに押し倒し、ずぼんをおろした。

硬くなって反り返ったそれが月の光でシルエットだけが、厳格なモニュメントのように浮かび上がった。

マスターは洋服と下着を脱ぎ、マチスとマスターは一つに重なり合った。


ことを終えるとベッドの上でマチスは自身の正気の失ったそれを見ながらぼんやりと考え事をし、マスターは裸のままベランダでタバコを吸っていた。

 (あまりにも大きい)まるで除夜の鐘と除夜の鐘がぶつかり合ったような、低くて鈍い音が遠くから聴こえた。マチスはそっとマスターを見たがマスターは深くタバコを吸い込むだけで何も言わなかった。

どうしたの?

マスターは見てみろよとベランダから見える高速道路を指さした。
マチスは重い腰を上げ、側にあったバスタオルを身に纏いベランダに出た。

高速道路では大型のトレーラーと乗用車が正面衝突しており、大型トレーラーはバンパーがひしゃげていて、乗用車は跡形もなく大破していた。

おそらくあの乗用車が高速道路を逆走したんだよ

マスターはそう言ってから、タバコをベランダから捨てた。タバコは風の抵抗を受けながら、左右に揺られながら闇の谷間に吸い込まれていった。

大破した車の断片が高速道路上に散らばっており、足止めをくらった車を先頭に渋滞ができようとしていた。

潰れたものは元に戻せないよ
けど潰れた断片は割と綺麗だね

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