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「最後の決断〜Escape from the Philippines」 第24回

1. 2023年、バー・マンス(-ber months) つづき

 なんとなく話しにくい空気を感じたのか、それとも何も考えていないのかはさておき、藤村が手を挙げた。

 「私は藤村俊二…じゃなくて、藤村謙太(けんた)。54歳、独身。残念だけど、結婚したことはないんだ。学校を出てから貿易会社に勤めてたんだけど、30歳の時に退職。会社を興したところまでは、よかったんだけどね。ボスには前に話したと思うけど、興した会社、潰しちゃったんだよね。あれは私のミスだったなぁ…。資金面で人に騙されちゃって、持ち逃げされちゃったんだ。反対に、出資してくれた人を裏切るようなことになってしまってね。少し反省して、もう一度始めたんだけど、その時の縁で、ここにきたってわけ。そうしたら居心地が良くて、気づいたらビザとってたってわけ」

 藤村はいつものように、笑顔で自分の過去の傷まで話した。その温和な表情からは想像できない過去に、一同は黙って聞いた。だが、彼は一つ気になることを尋ねた。

 「ビザって言ったけど、どのビザを取ったんだい?藤さんは」

 「ああ、それね。川崎さんは確か、9g(雇用ビザ)でしょ?私はSIRV(特別投資家ビザ)。結構便利なんだ」

 藤村は平気な顔をして言うが、SIRVの取得については75000米ドル以上の投資をフィリピンにて行う必要がある。つまり藤村は最低でも、それ以上の金額を保有していることになる。この時点で、藤村についての噂話は真実だと言うことになる。そう。資産家であることや、投資家でもあるという噂話が。

 「やっぱりそうだったんだ」

 本間が噛み締めるように呟くと、藤村はニコッと笑った。

 「どうせ、本間さんも噂話を聞いたんでしょ?私みたいなことをしてると、いいことも悪いことも、いろいろ言われるからね。でも、そんな噂話の一つ一つを気にしてたら、疲れちゃうよ」

 「じゃあ、ボスと一緒に銀行に行ったって言う噂話は聞いたかい?藤さん」

 川崎がここぞとばかりに藤村に尋ねた。なぜBGCで飲んだ際に聞かなかったのか、という野暮な話は傍に置いて。

 「ああ、その話?聞いたよ。私がボスにお金を貸しただの、なんだのってやつでしょ?そりゃ、あの”ばーちゃん”に見られちゃったら、変な噂立てられるのも無理ないよね」

 「ばーちゃん?」

 高齢な女、と言う情報は知っていたものの、藤村から「ばーちゃん」などと言われると、悪い噂を立てられたのに、随分と親しみを込めているようにしか聞こえない。だが、例え温厚な藤村をしても、看過できないことがあるようだ。

 「あのばーちゃんは、かわいそうな人なんだ。でも、日本人というより、投資家に相当恨みがあるらしくてね。あっ、日本語堪能だけど、あの人、台湾の人だから」

 藤村は何気なくそう話すが、誰一人その情報は持ち得ていなかった。そして藤村から、とんでもないことが次々と暴露されることになるとは、誰も想像すらしていなかった。

 「かわいそうだって言ったのは、あのばーちゃん、投資詐欺にあったらしいんだ。それも日本人というやつだったらしいんだけどね。ほら、ばーちゃんも日本語堪能だし。でもこれが、聞いてびっくり。相手も日本語が堪能な外国人だったんだって。ただ、その詐欺師は刑務所送りになったんだ。あっ、そういえばさ。その詐欺師とつるんでた日本人がいたんだよね。あの男、なんて言ったっけ?」

 藤村が”頭の棚”から、詐欺師とつるんでいた日本人の名前を引っ張り出そうとしている。4人の男たちはその様子を、固唾を飲んで見守った。

 「えっと…。あっ!思い出した。津田だ、津田!目つきの悪いオッサン!」

 藤村はやっと引っ張り出せたと言わんばかりにスッキリした顔をしているが、津田の名前を聞いた男たちは一斉に驚いた。

 「えーっ!津田だってぇ?」

 「うん、そう。あれ?どうしたの?」

 藤村は男たちの表情を見てキョトンとしている。しまいには、マカティでの一件を思い出した川崎が目を釣り上げている。

 「あの野郎!そんなことしてやがったのか!絶対に許せん!」

 「ちょっと待ってって。津田は犯罪まで手を染めてないって。あの男は度胸がないから、いつも犯罪の一歩手前でやめるんだ。ただ、どうやって生活してるのかは私も知らないけどね。まあ、あんなチンケな男の話はこの辺にしよう」

 まさか藤村の口から、チンケな男なんて単語が出てくるとは、誰も予想していなかったから、4人で一斉に吹き出してしまった。それを見た藤村は、いつも通り、笑顔で彼らの姿を見ているだけだった。

 「後は田川とボスのふたりだぞ」

 川崎が二人を急かそうとする。すると田川が話し始めた。

 「じゃあ、次は俺で。ボスは時々俺のことを『ルイルイ』って呼ぶけど、俺の名前は太川陽介じゃなくて、田川靖幸(やすゆき)。苗字も違うでしょ?漢字が。それはともかく、俺の出身地は千葉県。生まれも育ちも、千葉県の松戸市。学校出て、そのまま自動車販売店で整備やってたけど、ある時、フィリピン行きの話がきて、それでこっちにきたんですよ。本間君は2019年って言ってた気がするけど、俺はその少し前。2017年に転勤。歳はもうすぐ40。そんなところで」

 田川が話し終えると、やっぱりあの話題を触れずにはいられない。

 「ところでルイ…田川君ってさ、学生時代、何かスポーツやってた?あるいは格闘技とか」

 花澤は”現場”を見ていない。だが、現場に居合わせていたふたり以上に、彼の過去を知りたがった。

 「あっ、この前の”物盗り”の件ですか?別に格闘技とかは、してませんけど…。ただ、現地の連中が観光客襲うの、許せなかったんですよ。そう思ったらその、手が出たっていうか…」

 ガタイのいい田川だったが、その体格に似合わないと言ったら失礼にあたるが、花澤の質問に、最後はモゴモゴと言って誤魔化した。

 「まあ、マラテも、隣のエルミタもそうだけどさ。治安が良くないから気をつけてね。もし次に襲われそうになった時は、素直に500ペソくらい出せば黙っていなくなるから」

 これは花澤のいう通りだ。確かに、犯罪は許せない。それも、クリスマスが近づくにつれて犯罪の件数が増えるというのは、日本人ならずとも解せない話だ。とはいえ、命を犠牲にしてまで反抗する必要もない。腹立たしい話ではあるのだが、フィリピンで夜遊びする際は、相応の覚悟と自己防衛を怠ってはならないという話だった。

 「はい。次はしません」

 田川はしおらしい返事をして自己紹介を終えた。

つづく

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