
「最後の決断〜Escape from the Philippines」 第22回
1. 2023年、バー・マンス(-ber months) つづき
ところが、酒が入ればいつものペース。さっきまで藤村の徹底ぶりにため息なんてついていた川崎だったが、藤村が気前よくテキーラボトルを入れるや、女の子たちはテキーラダンスと呼ばれる、ボトルを入れると踊ってくれるセクシーなダンスを披露。それを見た川崎も踊り出した。さらに酒も進めば、今度は本間と田川がステージに上がり、フィリピンで大人気の、日本のロボットアニメ、「ボルテスV(ファイブ)」の主題歌を歌い始めた。これには店内にいるフィリピン人全員が反応。なんと店内で大合唱となってしまった。日本ではそれほど人気を博さなかった「ボルテスV」だったが、このフィリピンでは社会現象を巻き起こすほどだったそうで、その影響は若いフィリピン人にも浸透していた。挙げ句の果てに、フィリピン人キャストによってリメイクされた映画まで製作されるほどで、本間と田川の歌に、店は吹き飛んでしまうほど盛り上がった。
そんなふたりの盛り上がりに対抗心を燃やしたのは、川崎…ではなく、なんと藤村だった。普段は決して歌わない藤村がスッと立ち上がるや、ステージに上がり、これまた驚きの洋楽を歌い出した。イーグルスの「ホテルカリフォルニア」。藤村の姿に3人は顎が外れそうなほどに驚きの表情を見せた。
「藤さん。まさか、そんな隠し玉持ってたとは…」
本間はそう呟くと、目をひん剥いてステージを見つめている。ステージには、結構サマになっている藤村と、その脇を固めるふたりのKTV嬢。そして歌い終えると、いつしか客も増えた店内は拍手喝采!おまけに藤村に対し、両脇のKTV嬢は彼の頬にキスなんてしてる。
となるとこの男が黙っていない。川崎も立ち上がるとマイクを握り、日本男児ここにあり、と言わんばかりに、長渕剛の「とんぼ」を歌い出した。世代だから仕方がないが、藤村も川崎も、懐かしい曲を歌う。そんな川崎の歌がしんみりと来たのか、川崎が歌い終えると、おそらくはフィリピンに駐在している日本人会社員だろう一団が、川崎に拍手を送った。職場だって日本人が多くいる環境だろうに、中には単身赴任の社員もいるのか、やはりこうしてKTVで日本の歌を聞くと、どこかホームシックになるのだろう。
そんなこんなで、花澤が仕事に追われている間、4人はそれぞれに楽しみながら、店を盛り上げるかの如くはしゃいだ。別に彼らのおかげではないだろうが、その日は結構客も入り、KTV嬢のダンスステージも大いに盛り上がった。
次第に客が帰り、0時を回る頃には店も落ち着きを取り戻した。今までならまだ深夜の0時であれば、これからがピーク、といったところだが、実際には日本人客が回復しているとは言えず、案外と早い時間で客足が鈍ることが少なくなかった。特にこの日は理由もなく、満席に近かった店内も、2、3組を残すだけとなった。
だが、4人にしてみれば、少し店内が落ち着いてくれた方が、花澤をボックス席に招きやすくなる。KTV嬢も交え、8人で盛り上がっているところに、ようやく花澤が現れた。
「いやぁ〜。少し落ち着いちゃったみたいだな」
少し疲れた顔をしてやってきた花澤に、本間が冷えたビールを手渡した。そろそろ花澤がくるだろうと思い、気を利かせて何本かサンミゲルライトを頼んでおいたのだ。
「おっ、気が利くねぇ。ありがとう」
花澤は笑顔で受け取った。本間の気が利くところは、ちゃんと栓まで抜いて渡しているところだった。
「よ〜し。それじゃ、今日6回目の乾杯な。みんな、ビール持って。女の子も、ほら」
川崎に促され、全員がビール瓶を手に持っている。
「そうしたら、乾杯の音頭はボスな」
川崎に勝手に指名された花澤だったが、一旦座った席から立ち上がった。彼に続いて全員で立ち上がった。
「みんな、本当にありがとう。少しの間離れるけど、ちゃんと戻ってくるから。じゃ、皆んなとの再会を願って。乾杯!」
全員で乾杯と唱和し、ビール瓶を合わせた。瓶同士が当たる音が、やかましいほどのBGMが流れる店内でも反響した。
「そういやぁ、今夜は驚いた。みんな、カラオケ上手いんだな!藤さんが歌うのなんか、初めて見たよ」
花澤は笑顔でそう話すが、えっ?と首を傾げているのは藤村だった。
「そんなことないって、ボス。私、『カーニバル』で歌うの、初めてじゃないって」
「そうだっけ?じゃ、何回目?」
「えーっと、3回目くらい」
いつものスッとぼけた藤村の一言に、思わず全員のけぞりそうになった。何度この店に足を運んでいるというのか。それを思えば、1回も3回も大差ない。
「なんだ、なんだかいつも歌ってるのかと思ったら、3回かぁ」
これには田川も額に手を当ててのオーバーリアクション。
「でも、藤さんの歌、上手でしたよ」
すかさず本間がゴマを擦り始めた。それも見て口を尖らせたのは川崎。
「お前、俺にはそんなこと、一度たりとも言ったことねぇじゃんか」
「だってオヤッサンの歌、ネチッこいっすよ」
本間にやり返されると、一瞬表情をこわばらせた川崎だったが、他の面々と一緒になって、声を上げて笑った。
「いや、それでいいんだよ。昭和生まれの俺たちにしてみればさ」
花澤が川崎にフォローを入れるが、”昭和生まれの俺たち”という一言に、本間が反応した。
「あっ。そういえば俺。オヤッサン以外の方の歳、聞いたことないっす」
「えっ?そうだっけ?じゃあ、俺の歳も話したことなかったっけ?本間君」
田川が驚いた顔をした。
「いや、それを言ったら本間。俺たちは同じ職場だけどよ、このふたりの仕事の話、あんまり聞いたことねぇんだよなぁ」
川崎は藤村と田川を指差した。
「そうだったかぁ…。でもさ。この店に来て、お互いプライベートの話などしないで飲み仲間やってるってことか?」
花澤の問いかけに、4人は大きく頷いた。
「いや、待てって。普通なんか聞くだろ?出身地だとか、仕事何してますかとか…。それこそ歳くらい聞かねぇか?」
「そういうけどよ、ボス。俺、ボスの歳知らねぇし」
川崎がそういうと、花澤以外の3人がまた大きく頷いた。
「えっ?」
キョトンとする花澤。それ見た4人も、
「えっ?」
という顔をした。
つづく