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「最後の決断〜Escape from the Philippines」 はじめに
本編の前に、しばしお付き合いください(約3600文字あります)
はじめに
残念なことだが、世界は急速に、大規模な戦争への道を突き進んでいるようだ。連日の報道を見ればその兆候は見られるのだが、それらが決して、対岸の火事ではないことも皆様はご承知のことだろう。
これらの世界情勢は同時進行している。日々情報が更新されるため、明日どうなるか、あるいは来月どうなるかは予測不可能だ。例を挙げると、中東では第五次中東戦争が迫っているのではないかと目されている。2022年より始まったロシアによるウクライナ侵略(注:いくつかの呼称があるが、ここでは日本政府発表の呼称とする)はいまだに収束の糸口すら見えない状況であり、一部報道では北朝鮮軍がウクライナ・ロシア国境に展開しているというものも見られる。目を転じてアジアに向ければ、南シナ海ではフィリピン沿岸警備隊と中国海警局による衝突が繰り返され、中国海軍は台湾を包囲するかのように軍事演習を行っている。朝鮮半島では、北朝鮮は韓国に対し、これまで以上に敵意をむき出しにしている。しかし、これらは地球上で起こっている国際紛争の一部でしかない。加えて国内紛争まで加えれば枚挙にいとまがない。
皆様の中には「世の中に戦いがなくなった日などないじゃないか」とおっしゃる方もいらっしゃるだろう。その通りだが、これまでの情勢とは一線を画すほど、恐ろしいことが起こる前兆ではないかという見方もできる。みんな仲良くしろよ、と思う一方で、報道で見る映像が現実であり、世界情勢の悪化は不可避に思えるようになってきた。
と、ここまで実に堅苦しい言葉を羅列したが、決して皆様に危機感を煽る気は全くない。実例を挙げれば、2024年8月26日に中国軍機が日本領空を侵犯したという件もあり、一連の紛争や小競り合いが決して対岸の火事ではないということは容易だが、こうした報道が嫌なら、一切の報道番組を見ない・聞かない・読まないようにすればいい。もっと乱暴な言い方をすれば、我々の多くは政治家でも法律家でもないだろうから、他人事だと思えばいい。第一、こうした報道に興味を示したところで、世論を動かすことなど容易にはできないからだ。
そもそも、戦争で死ぬなんてごめんだ。戦争なんてなければいい。しかし戦争は、そうした人々の思いをあっさり裏切るように始まってしまう。今回、私が「オンライン上梓」(注:上梓とは本を出版することだが、本作はインターネットを通じて配信するため、勝手ながらオンライン上梓という言葉を使わせていただく)を始めるに至った契機がまさにこの点だった。
いわゆる「戦争もの」と言われる物語の多くは、政治家や将軍クラスの軍人による政治的・軍事的決断が語られるものや、前線で戦う将兵たちに焦点を当てたものが多いと思う。あえて私はそうした、多くの「戦争もの」とは視点を変えてみた。登場人物はいわゆる「日本人の中年のオッサンたち」だ。主な舞台はフィリピン、マニラ首都圏。具体的な話は後にするが、その辺にいても珍しくないような中年男性を登場人物に据えた。戦争というのは、偉い人同士が行うものでは決してなく、多くの一般人が巻き込まれるものなのだという、戦争に対してのアンチテーゼを主題にするためだ。正に私が冒頭で述べた、対岸の火事ではないということを具体的に示している。ただし、あえて異国の地を舞台にすることで、リアリティを薄める結果になるとすれば、その点はご容赦いただきたい。
マニラ首都圏を主な舞台にした理由はいくつか挙げられる。現在の地政学的リスクを考える際、いきなり日本国内で紛争がはじまることは考えにくい。前述の通り、アジアであれば、南シナ海・東シナ海から中国軍による台湾、あるいはフィリピンへの攻撃が挙げられる。しかもその「順番」が、台湾より先にフィリピンに向けられるのではないかという見方もある。私はそこに着目した。
次に、これは私の私的な話ではあるが、数年前からフィリピンという国に対する強い興味を示している。実は、今から30年以上前の話であるが、私が勤めていた事業所の経営者がいわゆるフィリピン好きで、長い休みともなれば単身、フィリピンに遊びに行っていた。まあ、その目的は推して知るべきだろう。実際、当時はフィリピン人女性がタレントとして来日し、表向きはダンサーではあったが、実際は男性客に対し、濃厚な接客を行う飲み屋で働いていた時代だった。彼女たちは「ジャパゆきさん」などと呼ばれていた時代でもあった。また、独裁政治を行なってきたマルコス政権に対し、国民が反旗を翻した「エドゥサ(エドサ)革命(あるいはピープルパワー革命。1986年)」や、同年に起こった某商社マニラ支店長誘拐事件などの影響で、フィリピンという場所は政情が不安定で治安が悪い国。せいぜい観光で行くのは、現地女性目当てのいやらしい中年男性が行く国、という、悪い見方しかできなかった。
しかしその後、時代を重ねるに従い、フィリピンは大きく変化していた。それに気付かされたのは、折しも例の流行病(はやりやまい)が世界を恐怖に陥れた2020年のことだった。「フィリピンに対し、貧困・治安が悪い・後進国だと思っている人は20年遅れている」。言葉は多少違っているが「20年遅れている」という箇所に最も強い衝撃を受けた。その後、暇を見つけては、フィリピンに関する情報ばかりを集めていたように思う。そうした、これまで私が持っていた、フィリピンに対する印象を覆した数々については、物語の中で注釈を交え、紹介していこうと思う。もちろん、治安が悪い国であることは事実であり、袖の下で問題を解決できる(とされている)とか、日本人犯罪者の海外逃亡先の一つに挙げられるなど、そうした闇の部分についても承知をした上で、隠さず書いている。
それらを踏まえた上で、フィリピン好きのオッサンたちがいかにフィリピンを愛しつつも日本を愛し、そして迫り来る危機に対して対処していくか。物語の大半がこの一文に集約されるのだが、時にコミカルに、時にシリアスに、そしてアグレッシブに立ち回る展開をお楽しみいただければ幸いだ。その辺にいるようなオッサンたちだからこそ、身近に感じられる登場人物であり、共感は得られずとも、楽しんでいただければ、私の上梓した意図を汲み取っていただけるのではないかと思う。
なお、すでに既成事実としてフィリピンと小競り合いを続けている国名は挙げてはいるが、物語の中では中国と明記せず、あえて「かの国」などと称することにした。そこをボカしてどうする。それこそ最近流行りの忖度をしているのか、と言われそうだが、これには私なりの考え方がある。一つに、フィリピン国内には多くの中国人が滞在している。同国を訪れる外国人の中でも上位に位置している。もちろん同国内でビジネスを展開する者も少なくない。二つに、中国国内では多くのビジネスパーソンがおり、彼らは日々経済活動を行っている。そうした人々の多くが、実は戦いを望んでいないのではないかと考えている。もし開戦となり、経済活動が停滞すれば、彼らの生活は成り立たなくなってしまうだろう。自ら国威発揚とばかりに、多くのビジネスパーソンが戦いを賛美するとは少々考えにくい。もちろんこれは「私個人の感想」であり、彼らが本心から戦争を望んでいないかどうかなど知る由もない。そうかといって、なんの影響力もない私が書く物語ではあるものの、多くの戦いを望まない人たちへの気持ちを込め、「かの国」などと称することを決めた。この点に疑問を持つ方もいらっしゃることだろうが、これについてもどうかご容赦いただければ幸いだ。もちろん、明記するかしないかの違いだけで、どの国のことか、一目瞭然なのは確かだが。この点だけは、私が勝手ながら、小説家の師として仰ぐ、故トム・クランシー氏(ジャック・ライアンシリーズなどで有名な小説家。1947-2013)とは少々趣が異なるだろう。
話が逸れたが、フィクションとはいえ、マニラの街並みや一部の施設、登場人物の中には勝手ながら実在する人物を交えている。特に、動画サイトYouTube(ユーチューブ)で活躍する、いわゆるユーチューバー諸氏や、現地で活躍する日本人経営の飲食店名などは、あえて実名を挙げさせていただいている。もし本作を通じてフィリピンに興味を持っていただいたなら、ご視聴いただいたり、実際に足を運んでいただければ幸いだ。
最後に、本作をオンライン上梓するにあたり、僭越ながら謝意を述べさせていただくことをお許しいただきたい。私の創作活動に対し、寛大な気持ちで理解を示してくれる私の両親に。いろんな点で迷惑をかけてしまっている私の兄弟に。そして、日々共に働く仕事仲間に。心からの御礼を申し上げる。
2024年10月、自宅書斎にて。
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