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「最後の決断〜Escape from the Philippines」 第21回

1. 2023年、バー・マンス(-ber months) つづき

 いつも通りに開店準備を済ませ、そしていつも通りに嬢たちも出勤を始めた。「カーニバル」の、いつも通りの開店まで、あと1時間という頃。あの”連中”たちも、まるでウォーミングアップを始めるかのごとく、居酒屋「雅」に顔を揃えた。意外なのは、いつも集合時間に現れない藤村が、この日ばかりはちゃんと、集合時間までにテーブル席に着席していたことだった。

 「えっ?藤さん。まさか今夜、雪降らねぇよな?」

 思わずそう口に出してしまったのは、本間と一緒に「雅」を訪れた川崎だった。

 「ちょっと川崎さん。勘弁してって」

 川崎に苦笑いでこたえたのは藤村。だが、いつも以上に満面の笑顔でふたりを迎えた。

 「やっぱりふたりだったか。後ろ姿で気づいたけど、追いつけなかったよ」

 田川まで同じようなタイミングで店に入ってきた。これで勢揃い。親父たちの集まりらしく、とりあえずビールで乾杯となった。

 ところが、乾杯!と元気に唱和したまでは良かったのだが、なぜかその後、会話が続かない。4人ともなぜか無言でビールを飲み終えた。そして誰からともなく、もう1本と注文したところで、この雰囲気に耐えられなくなったのは本間だった。

 「はい!みなさん!気持ちはわかりますけど、ボスを明るく見送る夜ですよ!ほら、元気出して!」

 本間はそういうと、店員が持ってきたサンミゲルライトのボトルを手にすると、席を立って一気に飲み干した。いつもなら川崎の悪ノリを冷ややかな目で見るような、どこか冷めた本間が、今夜は妙なハイテンションで場を盛り上げようとしている。すると、意外な男まで立ち上がった。

 「そうそう!本間さんのいう通り。もう、みんなで立って一気飲みしよう!」

 なんと藤村まで立ち上がって一気にビールを飲み干した。まだ店内に客がまばらだったのが良かった。それでも店員たちが奇異な目で彼らを見ている。

 「ちょっと、ふたりとも…。でも、ふたりのいう通りだな!」

 大柄な田川まで立ち上がってビールを一気飲みし始めれば、川崎も場の空気を読まねば…。

 「ったく。いっちょやるか!」

 結局、4人揃って席を立ち、ビールを一気飲みすると、顔を見合わせ、声を上げて笑った。

 「バッカだよなぁ〜、俺たち。でも、気持ちいいなぁ!」

 最後に立ち上がった川崎だったが、やってみれば気分爽快。結局もう1本サンミゲルライトを注文し、4人は立ったまま乾杯をした。

 「ボスの帰国と日本での成功を祈念して!」

 「乾杯!」

 みるからに、昭和のオッサンたちらしい光景だった。

 彼らが「雅」で決起集会のように盛り上がっている一方、マラテのKTVは続々と開店時間を迎えた。商売繁盛を祈念する、例の”セレモニー”も終わり、客引きが店頭で通行人を物色し始めている。「カーニバル」も開店し、来店客を待ち構えていた。

 「あの連中、何時ごろに来るんだろう?」

 どうせ閉店後もそのまま残るだろうと思っている花澤は、”連中”の来店を10時くらいと予想していた。開店直後から店を訪れても構わないが、それではボックス席に数時間も座り続けることになる。さすがにそれは辛いだろう。

 「さすがに、開店直後には、いらっしゃらないんじゃないですか?」

 花澤がボソッと口に出した独り言を、角田は聞き逃さなかった。花澤は独り言を聞かれ、恥ずかしそうに言った。

 「だよね…」

 しかし、次の瞬間。店の扉が開いた。

 「いやぁ〜。来たよ〜!」

 藤村を先頭に、川崎、本間、田川と、「背の順」で現れた。しかも藤村はすでにハイテンションで「来たよ〜!」なんて言いながら入ってきた。川崎たちも同じだ。

 「おぅ!今日もかわいいネェちゃんがいっぱいだねぇ〜」

 川崎がニヤニヤしながら藤村の後に続く。

 「オヤッサン!女の子たち、ドン引きしてるじゃないですか!」

 本間が川崎をいさめるのは毎度のこと。それを後ろで見た田川は苦笑い。

 「まあまあ、本間君。今日はなんでもアリだから」

 田川がそう言ったのには、ちょっとだけ理由があった。それは「雅」を出る前の話。

 「いいな、みんな。寂しい顔だけはしないでくれよな。パーッと弾けちゃえ!」

 それは川崎の提案だった。多少ハメを外してもいいから、花澤に寂しい思いだけはさせない。花澤が呆れるような姿を見せれば、その方がいつもの自分たちらしく、彼も安心するだろう。それは3人も同じだった。

 そうとは知らない花澤は、4人の姿に驚いた。

 「おいおい!まさかもう”ご来店”か?」

 呆れ顔の花澤に、先頭の藤村が満面の笑顔。

 「へへ〜。きちゃったぁ」

 きちゃったぁ、じゃない。まさか、もう藤村はほろ酔いか?いや、もはや泥酔かというほどのデレデレぶり。

 「ちょっと”藤さん”。まぁいいや。とりあえずいつもの席に」

 花澤はスタッフを呼び、奥のボックス席に案内させた。

 「イラッシャイマセ」

 ホールスタッフで最年少のジャスティンが4人を案内すると、いきなり藤村が何かをポケットから取り出した。

 「ジャスティ〜ン。プリーズ・ブリング・アス・フォー・ビヤーズ」

 彼はわざと、カタカナ英語丸出しの発音でそう言いながら、”ビール4つ持ってきて”と、1000ペソ札をジャスティンに手渡した。今夜の藤村、まさかのご乱心か?

 「オカネ、アトデOK」

 ジャスティンは藤村が手渡そうとする1000ペソ札を受け取ろうとしないが、藤村は彼の手にねじ込むように手渡した。

 「OK、OK。チップ、チップ」

 もはや泥酔状態の藤村。無礼講もここまでくると、いささか度が過ぎるような気もするが、彼は川崎の提案を「忠実に」実行している。

 「アリガト、ゴザイマス」

 ジャスティンは困惑しながらも札を受け取ると、彼らを席まで案内し、すぐにビールを届けるために戻った。

 「ちょっと、藤さん。まさか、もう酔っ払ったか?」

 席に着くなり、川崎が慌てて藤村に声をかけた。すると藤村はケロッとした顔。

 「だって、川崎さんが言ったんじゃん。”パーっと弾けちゃえ!”って」

 「ったく…。藤さんは徹底してるよなぁ」

 藤村の”演技”だとわかるや、川崎はホッとするやら、呆れるやら。それは本間と田川も同じだった。

 「それならいいや。とりあえずビールが来たら、乾杯しよ」

 川崎は大きなため息をつくと、誰もいないステージを見つめた。

つづく

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