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「最後の決断〜Escape from the Philippines」 第40回
1. 2023年、バー・マンス(-ber months) つづき
花澤は薬の効果もあってか、自宅の寝室でぐっすりと眠っている。同じ頃、マニラ・マラテの「カーニバル」には、久しぶりに4人が集まっていた。花澤の帰国後、はじめての全員集合だった。
「あ〜。やっぱり落ち着くなぁ、本間」
真っ先に店を訪れたのは、コールセンター組の川崎と本間。落ち着くと言いながらも、店内はBGMがガンガンと流れている。
「この雰囲気が落ち着きますか?オヤッサン」
「お前はわかっちゃいねぇなぁ〜」
偉そうに話す川崎に、本間は呆れ顔。とそこに、珍しくあのふたりが一緒に現れた。
「あっ。一番乗りできなかった。残念〜」
そう言いながら笑顔なのは藤村。その藤村の姿を見て、田川は苦笑い。
「藤さん、別にレースか何かじゃありませんから」
「そうだけどね。それより、二人はまだ何も飲んでないの?」
「だって、まだ来たばっかりだもん。それとも藤さん、ボトルでも入れてくれるとか?」
早速おねだりをする川崎に、藤村は満面の笑みで答えた。
「どうしよっかなぁ〜」
などと焦らす藤村だったが、店のスタッフが来るのが早かった。しかもしっかりボトルを持ってきているし。
「オマタセシマシタ。テキーラデース!」
スタッフがボトルを掲げると、フィリピンのKTVではお馴染みの「テキーラダンス」が始まった。いつしか嬢たちも集まり、ザ・チャンプスの「テキーラ」をBGMに、セクシーなダンスを披露している。いつもなら嬢たちすらろくに呼ばず、仲間内でダラダラ飲んでいる4人なのだが…。
「今夜は盛り上がっていこう!」
いつもはおとなしい藤村が、席を立って声を上げた。えっ?と言う驚きの表情を隠せないのは3人。一体、何があったのだろうか?
「お、おぅ…」
完全にBGMにかき消される、3人の声。完全に空振りになってしまった藤村だったが、何吹く風。全然気にしていない。
「みんな、いっぱい楽しんで『カーニバル』を応援しようよ!角田君とボスのためにさ」
ますます頭の上に?マークが乗っかってしまった3人だったが、田川だけあることに気づいた。
(ん?角田君?)
どうやら毎日掃除にきているからなのか、それまで角田さんと呼んでいた藤村は、角田君と呼び始めている。一体、どんな変化があったのだろうか?
「そりゃそうだけどさ。何かあったのかよ?藤さん」
川崎がそう疑問に思うのは自然のことだ。いつしかBGMも終わり、嬢が隣に座りながら、テキーラが振る舞われた。ショットグラスを片手に、全員で乾杯した。
「あっ。それなら私から話しますよ」
乾杯の後、田川が話し始めた。彼も嬉しそうな顔をしている。
「ついに『カーニバル』の清掃スタッフが決まったんだそうですよ!おめでとう!藤さん!」
嬉しそうに話す田川に、ニコニコの藤村。だがこの二人は完全に冷めている。
「えっ?そんなことでテキーラ?」
「おい、勘弁してくれよ!何かスッゲェいいことでもあったかと思ったじゃねぇか。はぁ…」
「そんなにがっかりしないでよ、二人とも。結構大変だったんだよ。でも、やっといい人が来てくれることになったんだ。残念なのは、明日から私が”失業”しちゃうことくらいかな?」
相変わらずニコニコ話す藤村に、彼がツッコミを入れた。
「藤村さん、失業だなんて…。本当にありがとうございました」
背後から角田がやってきた。あまりのタイミングの良さに、4人の視線は角田の方に。
「おっ!角田ちゃん。今日も元気そうだな?頑張ってるかぁ?」
まだろくに飲んでもいないのに、川崎は早速角田に絡もうとしている。
「お陰様で頑張ってますよ、川崎さん。今夜は全員勢揃い。ごゆっくりどうぞ」
笑顔を残して角田が去ると、今度は川崎は藤村に絡んだ。
「あんたもあんただよ。よく真昼間から掃除なんてやったよなぁ。なんか面白い話でもあったかぁ?」
すると藤村は再び満面の笑みを浮かべた。
「うん。それが大有りのオオアリクイ!」
これまた珍しく藤村がダジャレなんていうと、3人は思わず拍子抜けしてしまう。
「ちょっと、藤村さん勘弁してくださいよ〜」
思わず本間が藤村をたしなめるが、次の瞬間、藤村が真顔になった。
「その話は後でしよう。まずはみんな、飲んで飲んで!」
ほんの数秒だけ真顔になると、藤村は再びいつもの笑顔を取り戻し、テキーラで満たされたショットグラスを持ち上げた。
「みんな、もう1回乾杯だ!日本で頑張っているボスに!」
すると3人も続いた。
「ボスに!」
「Cheers!」
KTV嬢も交わり、8人でショットグラスを掲げた。多分女の子たちも”ボス”が誰であるかは想像がついているのだろう。笑顔でグラスを掲げると、一口で飲み干した。強い酒だから、胃の中に焼けるような熱さを覚えた。
「よっしゃー!そんなら今夜は歌うぞ〜」
川崎のエンジンがようやくかかったらしい。
「おっ!川崎さん、いいですね〜!」
田川が手を叩きながらはしゃぐ。その姿を、藤村が笑顔で見つめていた。川崎は嬢を連れ、ステージに上がると、上田正樹の「悲しい色やね」を探し、歌い始めた。
4人は結局、その夜は10時過ぎに「カーニバル」を後にした。それは4人で充分に飲み、歌ったタイミングでかけた藤村の掛け声だった。
「はい、みなさん!私はお腹が空いたので、二次会は『美鈴』に行きま〜す!」
それを合図に全員で席を立った。会計は藤村がそそくさと済ませ、財布を出そうとする3人を制した。
「今夜は私のおごりね!さぁ、次行ってみよう!」
まるで「8時だョ!全員集合」のいかりや長介のようなことを言いながら、妙なテンションの藤村が先頭となり、「カーニバル」を後にした。
「おい、大丈夫か?今夜の藤さん」
いくらいつもより飲んでいるとはいえ、あんなテンションの高い藤村を見たのは、3人とも初めてだった。やはり何かあったのだろうか?そう勘繰らずにはいられない3人だったが、居酒屋「美鈴」に入り、店の主でもある「鈴木館長」に挨拶を交わすと、藤村に促され、窓際のテーブル席に腰掛けた。
「あ〜、今夜は楽しんだねぇ」
藤村が笑顔で3人に話しかけた。
「それより、いつも出してもらっちゃって。ありがとうな」
川崎が藤村に礼を言うと、本間と田川もご馳走様ですと言って頭を下げた。
「そんな。楽しいが一番!それに、角田さんの頑張っている姿を見ると、応援したくなるしね」
そんなことを言いながら、運ばれてきたサンミゲルライトを飲み始める藤村は、実に不思議な男だ。3人は同じようなことを連想しながら、同じように飲み始めた。
ところが、4人、それぞれ好きな料理を注文したところで、藤村は「カーニバル」で見せたような、真剣な表情になった。
「せっかくの夜だけど、みんなにはちゃんと話しておくべきだと思う」
藤村はそう切り出すと、まさか花澤のことか?と3人は構えてしまった。
「まさか、ボスのことかい?」
川崎が我慢できず、フライングをかましてしまった。藤村が首を横に振ると、なぜか3人は安堵の表情を浮かべた。しかし、藤村の表情は硬いままだ。
「ボスからはまだ連絡はないんだ。でも、ボスは多分、気づいているかもしれない」
藤村の言葉に、3人は困惑した。一体、藤村は何を話そうとしているのか?
つづく