微粒子
体が熱い。
熱をもたれると、自分の体なのにそうではないように感じる。
左手で右の首筋を触り、そのまま下に這わせていく。
風呂で塩を塗りたぐった腕や尻を何度も撫でる。
私の体であって、私の体ではないように感じる。
そしてとても嬉しいのだ。
私が私を触れることが。
体を感じられることが。
涙は悲しくなくても流れるのだ。
私は私の、あなたは私の熱を感じているのだろう。
私のこの熱は遠いあなたを困らせ、戸惑わせ、困惑させるのだろうか。
そんなことどうでもいい
勝手にさせてくれ。
ただ体があなたの体を求めているのだ。
あなたもそうなのだろうか。
私のこの滑らかな頬に触れたいと思っているのだろうか。
人間はよく深い生き物だな。
お前なんてどうでもいいと誠実に慣れたらいいのに。
あなたを撫でているようで私は私を撫でている。
細胞が喜ぶのを感じる。
出会えてよかったと。
触りたいから触る
ゴールなんて見つけないでくれよ、きりがないんだから
この音は何だろう。
深夜3時のホテル
眠れないのか、足首を左回りに回す。
回すたびにピキっと骨が鳴る。その音は静かなこの部屋に亀裂をもたらした。
香澄「眠れない」
圭吾「うん」
香澄「あんたも眠れないんでしょ。一人でしてくれば寝
られるんじゃない?」
圭吾「女がそんなこと言うなよ。」
香澄「聞いてもいい?…私が女だからあんたはホテルに来たの?それとも私誘ってるように見えた?」
長い沈黙があった、
言葉は残酷だと思う。脳みそがなければ良いのにと思う。後には戻れないこと今の私ならわかる。
オレンジ色のライトが彼の濡れた目を捉える。
ボルダリングが上手だったことを私は思い出す。
圭吾「わからない。これは俺の弱い部分なんだと思う。こういうことでしか人間関係を築けない。それを求められてると思ってしまう。でも俺は体に頼るしかない。そうやって生きてきたから」
香澄「そっか、体ってたまに邪魔だなって思わない?体がなければ性別もないし、人と人じゃん。でも私ずぅと体の言うこと聞いてる。。ほんとにやりたいことって体任せにしてるとできなくなる。」
圭吾「まぁ俺は下半身で考えるからな」
香澄「ほんと馬鹿」
圭吾「支配されてるんだよ。結局。でも操縦士がいるって考えたら面白くない?合図を体に送ってるんだよ、それどうりに俺達は動く。意思があるようでない。多分ないんだよ。動かされてるなにかに。人を使ったり虫を使ったりな、昔から虫の便りとか話あるじゃん。あれあながち間違ってないと思うよ。それどうりに動いてりゃいんだよ。うまくいくんだよ」
香澄「まぁそれはあるのかもね」
圭吾「じゃあさ、男の俺と女の香澄がいて、一つのベットで寝てて、俺の体をお前が触ったら俺は体が反応する。そうやってできてる、俺の体は。俺はお前が誘ってるって感じるんだよ。体が勝手にな。だから触れ合ったら最後なんだ。体と体が触れ合うってことは凄いことなんだよ。俺キモくないか?別にやろうって言ってるんじゃないんだよ。でもお前はそう捉える。」
長い沈黙
香澄「私さ、母親の体にいた時、すごい早い段階で外に出てきそうだったの。多分きつかったんだと思う。狭いし暗いし、母親の体小さいから早く出たかったんだよね。でもあの時母親は私を縛って出てこないようにしたの。んと、要は子宮口縛って出てこないようにしたの。
まぁ今健康に生きていられてるからありがたいんだけど、でもあの時、私出てきてたら全然違う運命だっただろうなって思う。
未熟児で生まれて体も不自由だったかもしれないけど、そっちの方が幸せだったかもなって。」
圭吾「そうか」
香澄「ただなんかさ、体があって魂とか言うやつがあったとして、私、体なんてなかったらいいのにとも思う。すっごい矛盾してるね。でもわかる?不自由なのよずっと。」
圭吾「でも、体があるからとんでもなく臭い匂いだって嗅いだりできるわけだろ。それって面白いことだ、そこから感情が生まれる。そこしか頼りにならないんだよ」
香澄「あはは、たしかにね、この前電車乗ってたらすっごい酸っぱい匂いと共に男3人組が隣の車両から慌ててきて、まぁ、だれかがゲロ吐いたのよね。必死にその時の状況話し合ってて、確かに臭かったけど、昔から飲んでるジュースの匂いと同じだったし。吐いたんだなーくらいにか思ってなかったな。でも彼らなんかワクワクしちゃってて、興奮してて、あれってさ、人から吐き出たものを目の当たりにすると、人って心が動くのかもなって思った。」
圭吾「まぁ電車でゲロ吐く奴は犯罪者だからな」
香澄「私もそう思う。あれはテロよね。」
圭吾「まぁ巻き添え喰らうことすら俺は楽しいけどな」
香澄「マゾだもんね」
圭吾「お前は露出狂ペットだ」
香澄「あんたってほんと意味わからないね。でもさ、吐き出たものを捉える自分の心の健康を私は大事にしたいな」
圭吾「そうだよ。今日さお前と会う前に目瞑って電車待ってたらおじさんに話しかけられて、携帯を友人に持ってかれてその人に電話したいから携帯貸してくれって話しかけられたんだよ。困ってたし盗まれねえかなと思いながら貸して。一回繋がらなくて二回目で繋がっててめっちゃ声デカくてさ、まぁ赤羽の北口で落ち合えることになったみたいで、なんか俺すっげえ感謝されちゃってさ、お金渡されそうになって。必死に断ったんだけど、持ってたビニール袋の中に入れられて、返そうか迷ったんだけど,その時神社のお賽銭箱思い出してさ、俺あれに千円入れる時、帰ってこないのわかってて入れるわけ、結構俺の中で覚悟いるんだよ。だから、あのおじさんは覚悟持って俺にお金入れたんだなと思って受け取ったんだよ。その時気づいたんだ、俺は神様なんだって。」
香澄「すごい精神力だね」
圭吾「しかもよ、俺あした携帯変えるんだよ、こいつの最後の大仕事だったんだよ。そう思ったら嬉しくてさ撫でてやりたくなるよな。」
香澄「ふ、なんかちょっといい話ね……
かれらは彼らの一番柔らかい部分を持ち寄り、慰めあったのだ
何も起きない。
そして何かが起こっている。
午前3時のあのホテル。
色々な物語がこの部屋で起きている。
雨が降る朝
私はそれを駐車場に停めた車から眺めている。
彼女は顔を出し、手を出し、彼を窓のほうへ呼んだ。
店員「雨降ってるけど、傘買っていく?」
香澄「買って行こうか。いくらですか?」
店員「300円だよ」
圭吾「いや、大丈夫です。金と傘は回ってくるんだよ。」
香澄「そうですか」
外に出ていく二人
二人は一つ一つ傘を見つけ、人混みの中に消えていく。
冷ややかな目で見るあの人。
誰かと笑い合うあの人。
横目ですれ違ったあの人。
全てが私の一部になってゆく。
「じゃあ行こうか」