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出生地主義と血統主義

日本は国籍を与えるのは、血統主義を取っており、子供の親のすくなくも片方が日本国籍を持っている場合に、子供は日本国籍を取得できます。一方アメリカは、出生地主義を取っており、アメリカで生まれさえすれば、親がアメリカの市民権をもっていなくてもアメリカの市民権を取得することができます。これは、1868年に採択されたアメリカ合衆国憲法修正第14条で定められています。

トランプ大統領は、出生地主義で子供にアメリカの市民権を与えることは「ばかげている」と考えています。なぜなら、現在は、アメリカで生まれさえすれば、親が不法移民であっても、旅行者であっても、アメリカで生まれた子供にアメリカの市民権が与えられるからです。いわゆる「妊娠ツアー」(子供を生むためにアメリカに来る人たち)や「アンカー・ベビー(米国で生まれ米国社会定住のための『碇(いかり)=アンカー』の役割を果たす赤ちゃんの意味)」を促している、と考えているようです。(参考文献:「トランプ氏に権限はあるのか、米国籍の出生地主義を廃止方針 歴史的経緯は」News Japan, 2018年10月31日:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-46040689 )

人道的な観点や、憲法論をかざし、理想的にトランプ大統領の修正案に反対している人ももちろんいますが、別の理由でこの修正案に反対している人もいるようです。

まず、親が不法移民である場合に、アメリカで生まれた子供に市民権を与えるのをやめるためには、親のビザの審査をする費用がかかります。

日本では、日本人には戸籍がありますので、戸籍に新生児を入籍して、子供の戸籍を作成すれば良いのですが、アメリカには戸籍はありません。子供が生まれたら、生まれた病院で発行してくれる出生証明書を生まれた病院のある市町村に提出すれば良いだけです。当然のことながら、必ずしも親が住んでいる市町村に子供の出生証明書が保存されるとは限りません。

私は、イリノイ州ローリングメドウで結婚して、エルムハーストで子供が生まれたため、証明書を取得するときには、結婚証明書はローリングメドウから、子供の出生証明書はエルムハーストから取り寄せる必要があります。日本の戸籍のように、一家族の記録が一つの本籍地にまとめて書いてある、という制度はないのです。

子供が生まれたときに、親が不法移民でない、と調べるためには、今のように、受け取った書類をただ市町村で管理する、という訳にはいかなくなります。役所が新生児の親が合法的にアメリカに暮らしているか調べる必要がでてきます。

アメリカで雇用者の義務として、人を雇用する際に、I-9(Employment Eligibility Verification)という書類を従業員に記入させ、保存する必要があります。雇用主は従業員がこの書類を記入する際に、アメリカで合法的に働く資格があるか、アメリカのパスポートや有効な労働ビザの有無などをチェックする必要があります。新生児の親が合法的にアメリカに滞在しているか調べるには、最低限I-9と同じ書類を提出させ、役所がその書類を審査する必要がでてきます。

試算では、この調査は新生児一人につき1200ドルから1600ドルコストがかかる、つまり、年間24億ドル税金がかかるのと同じ、というレポートがあります。(参考文献:”American May Pay A ‘Birth Tax’ Under Trump Immigration Oder”, Stuart Anderson, September 3, 2019: https://www.forbes.com/sites/stuartanderson/2019/09/03/americans-may-pay-a-birth-tax-under-trump-immigration-order/#325f22eb5830 )

では、妊娠ツアーと呼ばれる人たちはどうでしょうか?日本でも一部の芸能人が子供にアメリカ市民権を取得させるために、アメリカで子供を生む、という話も時々ありますよね。そのように、主に裕福な人の話ですが、出産数ヶ月前にアメリカに来て、アメリカの病院で子供を生んでアメリカの市民権を取り、生まれた子供を自国に連れて帰る、という人たちがいます。もちろん、アメリカに子供だけ生みに来るのは、アメリカ移民局としては歓迎するべきことではなく、警察に摘発されて国外退去になる例もあります。(参考文献 : ”3 Arrested in Crackdown on Multimillion-Dollar ‘Birth Tourism’ Businesses”, Miriam Jordan, January 31, 2019, New York Times: https://www.nytimes.com/2019/01/31/us/anchor-baby-birth-tourism.html )

もちろん、自国に帰ってから、病院の費用を踏み倒したとか、クレジット・カードで買い物をしたのに、カード会社に代金を支払わない、など問題もあるそうですが、他方、アメリカに沢山お金を落としてくれるのも事実です。

ホテルの滞在費、数ヶ月アパートを借りる家賃、食費、お土産代、出産費用もアメリカ人のように保険を使わず、現金で支払う。新生児のためのベビシッターやヘルパー代、食費、新生児の服、母親がブランド品などのお土産を買う費用、など合わせて、10万ドルほどアメリカにお金を落としていくこともざらだそうです。

アメリカとしては、子供を連れて自国に帰ってくれれば、アメリカで教育を受けないわけですから、公立小学校の費用のため、アメリカの税金を使う必要もありません。何よりも、アメリカの市民権がある人は、成人すれば世界のどこにいてもアメリカへの納税義務があります。アメリカの市民権を維持するために、アメリカの政府としては「税金」という収入を得ることができます。(参考文献: “25 Surprising Facts About Birth-Tourism” Danielle Lasher, October 14, 2018, The Travel: https://www.thetravel.com/25-surprising-facts-about-birth-tourism/

アメリカの出生地主義の法律を変更するには、「憲法でうたっている」という建前だけではなく、様々な障害があるのです。

The Stellar Journal 2019年9月掲載
https://www.stellarrisk.com/ja/birthtourism/?fbclid=IwY2xjawExpc1leHRuA2FlbQIxMAABHVHGGK_dw1KQ_OvNI4W4ZDlo2Jwpkv1oqe40_JS7I1nZ3F6f-gMO19oGfQ_aem_jmtiKr75O6-zRdGg-Li-JA

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