アメリカに定年退職制度はないの?
弊社にお仕事を探しに来る方の中には、「日本は定年退職制度がある、年齢差別がある、だから、アメリカで働きたい」とおっしゃっている方も少なくありません。そして、「アメリカでは年齢に関係なく、新しい仕事を見つけることができる」と誤解されている方もたくさんいらっしゃいます。日本のウィキペディアで「定年(退職制度)」を調べると、「アメリカの民間企業では定年退職や再雇用制度などはなく、労働者本人の希望による退職や能力的な理由による解雇でない限りは生涯にわたって働き続けることができる。」と事実と異なることが書いてあります(2017年6月現在)。
確かに、アメリカでは年齢で差別をすることは法律で禁じられております。しかし、全く定年退職制度がないわけではありませんし、年齢に関係なく「生涯にわたって働き続けることができる」天国でもありません。
定年退職制度があるので有名なのは、飛行機のパイロットです。(2017年6月現在)パイロットの定年退職年齢は65歳と定められています。何度か民間機のパイロットたちが集団で「定年退職制度は年齢による差別だ」と訴訟を起こしたことがありますが、裁判所に却下されました。2007年に、パイロットの定年退職年齢は60歳から65歳に引き上げられはしましたが、それでも定年退職制度は存在します。いくら年齢による差別は禁止、と言っても、年齢による体力、視力、思考力などの衰えがあるので、人の命をあずかるパイロットに定年退職制度を設けるのは違法ではありません。(The Fair Treatment for Experienced Pilots Act (Public Law 110-135))
航空管制官、パーク・レンジャー、消防士などにも定年退職制度はあります。裁判官も州によっては定年があります。(Jobs with Mandatory Retirement: www.oureverydaylife.com/jobs-mandatory-retirement-7991.html)
では、一般企業での仕事はどうでしょうか?
ハーバード・ビジネス・リビューによると、S&P 500(ダウ・ジョーンズの大型株500銘柄で構成されている株価指数)に入っている大企業の3分の1は重役(CEO)に定年退職制度を設けているそうです。定年退職年齢の多くは65歳です。(”Should older CEOs be forced to retire?” by Walter Frick, Harvard Business Review、February 15, 2016)
年齢差別を禁止しているアメリカの法律でも、年間44,000ドル以上の年金やプロフィット・シェアなどの収入がある管理職などについては、定年退職制度を設けることを認めています。日本では、重役になると定年退職制度はなくなる、というのが一般的ですが、アメリカでは逆で、重役にこそ定年退職制度を定めている企業が少なくありません。(もしかしたら、経営陣の若返りこそがアメリカの強みなのかもしれませんが。)
実際に、「伝説の経営者」とすら呼ばれた、ジャック・ウェルチGE(ゼネラル・エレクトリック)元最高責任者ですら、65歳でGEを定年退職させられています。(”Should older CEOs be forced to retire?” by Walter Frick, Harvard Business Review、February 15, 2016)
さらには、アメリカの大学の多くは、定年退職制度を定めていないが為に、大学教授やスタッフに居座られ、そのために若い研究者の育成が遅れている、とも言われております。大学で、定年退職制度を復活させよう、という動きすらあります。(”Reinstate mandatory retirement for professors” by Mark C. Taylor, The New York Times, September 3, 2010)
定年退職制度を設けていない会社や、定年退職年齢を設定できないポジションについては、個々人の生産性が落ちてきたら、どうやって退職(リタイア)していただくか、ということが課題にすらなっています。多くの会社は、翌年分の一年間の給料を退職一時金として支払う、などいろいろ特典をつけ退職(リタイア)を促す、ということをやっています。
ちなみに、退職一時金は、日本では「60ヶ月分のお給料」という調査がありますが、 アメリカの退職一時金は特に決まったものはありません。そのために、「いくら支払えば、高年齢の従業員に退職(リタイア)していただけるか、退職一時金を試算するなど退職(リタイア)を促すプランを作るコンサルタントすらあります。
健康保険も年齢によって掛け金が上がっていきます。雇用主としては、経費節約のためになるべく年齢が上の方を雇いたくない、というのは、このような経費がたくさんかかる、ということもあります。
例えば、私の会社が契約している社員のための健康保険の月々の一人の掛け金は、20歳の社員では$289.66ですが、40歳で$582.98、60歳では$1238.03です。健康保険の掛け金だけ考えても、会社は60歳の社員に対し、40歳の社員の倍以上、20歳の社員の4倍以上も経費を使う必要があるのです。
(Blue Shield Blue Cross of Illinois, Small Group Business, PPO Plans, Blue Platinum Plans)(2017年6月現在)
いくら法律上では年齢差別がないと言っても、雇用主としてはわざわざ高齢の従業員を雇いたくはない、ということはご理解いただけましたでしょうか?
高齢になっても仕事をしたい、世の中と繋がっていたい、というのはわかります。では、そのために何ができるでしょうか?
まず、プロフェッショナルになることは大事です。と言っても、大企業のエグゼクティブは定年退職制度がある可能性があります。でも、公認会計士であれば、定年退職した後、自分で会計事務所を開けますね。弁護士も然りです。いつまでも雇われることのみ考えず、自分でビジネスをはじめることを考えましょう。
また、会社勤めをすることだけが社会と繋がる方法ではありません。もし、お金に余裕があるのであれば、若いときにできなかった、自分の夢だった職業を安いお給料またはボランティアでやる、という手もあります。
宗教家の山折哲雄氏は、著書の中で人生にはいくつかのステージがある、ということを書いていらっしゃいます。山折氏によると、「師について学ぶ『学生期』、職業に就き結婚して家を守る『家住期』、そして第三のステージ『林住期』。子どもを育て経済的にも安定した段階で、主人が家を出て、やりたいことを自由に楽しみ、心のリフレッシュをして、また帰ってくる。」とのことです。そして、「林住期」の例として松尾芭蕉のような気ままな旅をする生き方を紹介しています。(山折哲雄「死を思えば生が見える」PHP、p86)
もちろん、一生、結婚したり、子供を育てたりしない人もたくさんいますが、有る程度の年齢になったら、自分の今までの経歴にこだわりすぎず、「やりたいことを自由に楽しむ」人生を考えても良いのではありませんか?
私であれば、お金と時間に余裕さえあれば、冬の間はスキー場のスキーパトロールとして働き、時々、老人ホームや幼稚園でボランティアでピアノのコンサートをやると思います。スキーのコーチになるほどスキーは上手くはありませんが、スキーパトロールなら人命救助の資格させあればできますし、第一、パトロールをしながら、スキーを楽しめます。お金を払ってまで私のピアノを聴く価値がなくても、無料ならコンサートをひらけますよね。
アメリカでは、会社勤めの仕事を退職(リタイア)してから大好きなゴルフのコーチをやっている人もたくさんいます。フロリダ州の有名なリゾート地であるディズニー・ワールドのホテルでは、おじいちゃん、おばあちゃんがコスプレさながら、19世紀の紳士・淑女のような格好をして出迎えてくれます。有る程度の年齢になったら、過去の経歴に固執せず、もっと自由に生きてみませんか?
(The Stellar Journal 2017年6月掲載)