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アメリカの多様性について
1990年代、アメリカの人事管理を専攻した留学生だった私が一番理解に苦しんだのは「アファーマティブ・アクション(Affirmative Action:積極的是正措置)」でした。マイノリティー(黒人、ヒスパニック、アジア系、女性など)をマジョリティー(多くの場合は白人男性)の差別をなくすのはもちろん、積極的に雇用機会を与えましょう、というルールです。
採用する地域の人種や性別の分布にあわせ、マイノリティーをマジョリティーの採用率の80パーセント以上採用すれば「裁判になっても差別はないとみなされる」とそのクラスの先生は何度も強調していました。しかも、明らかにマイノリティーの成績が劣っていても、そのルールは適用される、ということです。(4/5ルール、と言われることもあります。)
具体的簡単に説明すると、仕事の応募者100人の中に白人が60人、黒人が40人いた場合、白人を6人採用したとします。白人の採用率は10パーセントであるため、10パーセントの4/5、つまり、黒人を40人のうち8パーセントの3.2人採用する必要がある、ということです。このルールは試験などの成績に関係なく適用されます。採用の段階だけでなく、会社の構成人種は、その会社のある地域の人種構成にできるだけ近くなるよう、4/5ルールが会社の人種構成の最低限のルール、ということです。
仕事の上だけでなく、大学の入学選考にもこのルールは適用されています。
そもそも、アメリカの大学はもともと多様化が大事と考えられてはいますが、アファーマティブ・アクションで入学選考にもますます多様化が進んだようです。
「日本では、女性エンジニアが少ないです。なぜならば、女性が工学部に進学しないからです。」という私の意見に対し、このクラスの先生は以下のように反論してきました。
「アメリカも同様のことを言う時代があった。女性が工学部に進学しない理由は、エンジニアになった後に仕事がみつからないからではないか? アメリカでは、女性の受け皿をもっと広げ、企業も大学もエンジニアの女性を増やす努力が必要だ、という結論になった。」
まさに、卵が先か、鶏が先か、の議論です。受け皿を増やすと同時に、あらゆる人種、性別などの学生に対し、教育の機会を増やす必要がある、ということです。
歴史的に医師は白人男性が多かったため、別の人種や女性を積極的に医学部で合格にする、看護師は女性が多かったから、積極的に男性を合格にする、などの措置が取られてきました。もちろんこの間に、医学部を不合格にされた白人男性が「逆人種差別」と大学を訴えた、とか看護学部志望の男性から差別で訴えられた女子大学が「もともと女性を教育するための大学だ」と反論した、という事件もありました。(参考文献:「米国での人事管理」酒井真弓著、JETRO, p.212-214)
最近では、アジアで有名な大学に進学することが大事、と思っているアジア系がアイビー・リーグ大学に殺到するため、アジア系が合格することが難しくなってきている、という調査もあります。
(2017年から)2年ほど以前のニュースウィークによると、アジア系アメリカ人がハーバード大学に合格するには、SAT(米国の大学入学のための統一試験)の点数を白人よりも140点、ヒスパニックよりも270点、黒人よりも450点多く取る必要があるという調査もあるそうです。(参考文献:”At Harvard, “too Jewish” has become “too Asian” by George C. Leef, Newsweek, 6/14/2015)
最も、アメリカの大学の入学選考は、SATの点数だけで決まるわけではありません。高校の成績証明書も去ることながら、スポーツ、ボランティア、音楽、などの取り組み方、高校の先生方や他の団体からの推薦状、どのような語学ができるか、なども選考の大事な基準になりますので、テストの点数だけでは論議をできないのではありますが、アジア系の学生が増えすぎないよう、大学側は人種の面でもコントロールをしているのは明らかです。
近年、SATの点数は、親の収入が多い家庭出身の学生の方が高い。SATの点数を重視して入学選抜をすると、大学の活気が失われるので、SATの点数を入学選抜から外す、という大学さえ出てきています。アイビー・リーグではありませんが、名門シカゴ大学もその一つです。
(https://www.collegesimply.com/colleges/illinois/university-of-chicago/admission/)
話は変わりますが、アメリカには日本のような大学の附属高校はありません。大学の附属高校はありますが、日本の附属高校とは違い、その大学に優先的に入れる、などありませんし、ましてや、「全員進学」で大学に受け入れるなどありません。
アメリカの大学の附属高校はその大学のキャンパスを使用できる、高校生が系列大学の授業を履修できる、というメリットがあるだけです。例えば、シカゴ大学の付属小、中、高校で、University of Chicago Laboratory Schoolという学校はありますが、全員がシカゴ大学に進学できる、という制度はありません。
多様化を重視しているアメリカの大学の一番の理由は「考えが偏る」ことを嫌うことだと思います。そのため、大学院には、同じ大学の学部卒業生を受け入れない、また、大学教員を採用する際には、自分の大学で博士号を取った卒業生を採用しない、採用するにしても、一度別の大学で研究をしてからでないとだめ、ということも珍しくありません。
もっとも、アイビー・リーグの大学にたくさん学生を送り込んでいる「フィーダースクール(Feeder支流学校)」といわれる私立の高校もあります。The Streetでアイビー・リーグ大学のフィーダースクールで一位になっているニューヨークのトリニティー高校は、卒業生の40%がアイビー・リーグ大学に進学するそうです。アイビー・リーグの大学は8校あるので、単純計算すると一つの大学には5パーセントほど進学していることになります。この学校の卒業生は113人だそうですので、単純に考えて、ハーバード大学に進学した学生は5-6人ということになります。(参考文献:https://www.thestreet.com/story/13325695/1/top-us-private-schools-with-the-most-graduates-getting-into-ivy-league-universities.html)ただ、ハーバード大学の2/3の新入生はフィーダー・スクール出身ではなく、公立高校出身だそうです。(参考文献:http://www.marketwatch.com/story/top-100-feeder-high-schools-to-the-ivy-league)
ところで、州立大学は、もともと州に住んでいる子どもの教育の目的のために州の住民の税金で建てられました。そのため、州内の子どもは優先的に受け入れるという大学も少なくありませんし、学費も州内と州外の学生では倍ほど違います。そのため、同じ州内の高校からたくさん特定の州立大学に進むことはありますが、日本の付属高校のようにほぼ全員が同じ大学に進学するなどありえません。それこそ、アメリカの多様性を侵害しています。
さらには、アメリカは大学や会社だけではなく、移民の受け入れにもアメリカに居住している人たちが少ない国に優先的に移民する権利を与えています。
アメリカに移住するためにはいくつかのビザのカテゴリーがあります。学生ビザ、労働ビザ、観光ビザなどは短期のビザで、目的が終わると同時にアメリカを出る必要があります。それに対し、永住権は無期限のビザで、学校を卒業しても、失業しても、アメリカに住んで働く権利があります。
永住権を取得するには通常スポンサーが必要で、家族、雇用主、などがスポンサーとなります。雇用による永住権取得の場合には、永住権の申請者がアメリカ人にはない技術など持っていることを証明する必要があります。
ところが、抽選で永住権を与える、宝くじによる永住権(Diversity Immigration Program: 多様化移民プログラム)があります。この永住権は、申請時には家族や雇用主のサポートも必要ありませんし、特殊な技術を持っている必要もありません。そもそもこの永住権の発行の目的は、「世界の各国から偏りなく移民を受け入れる」ことです。(参考文献:「アメリカ・ビザ 完全マニュアル」インターカルチャル・グループU.S.A.編、スパイク、p.89)
2018年度の宝くじの募集では、「過去5年で5万人以上がアメリカに移住した」国の出身者は応募資格がありません。カナダ、メキシコ、英国、中国、インド、韓国、ブラジルなどが応募資格がない国に含まれています。(参考文献:https://www.us-immigration.com/blog/dv-2018-results-are-out)
アメリカは、国を挙げて、あらゆる分野で多様化を目指しています。その方針は、雇用や教育だけでない、移民政策にも現れているのです。
The Stellar Journal 2017年9月掲載:
https://www.stellarrisk.com/ja/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%AE%E5%A4%9A%E6%A7%98%E5%8C%96%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/?fbclid=IwY2xjawHRYz5leHRuA2FlbQIxMAABHYyk6_lNIt-gH-_TBXQfdAOzbUZIbun1nLGFbHKWJ-MsZQthANaNVzJkSQ_aem_6pdH6WFjvQh9z2utckZ36w