社会人サークルだと思ったらカルト新興宗教団体だった話
大学4年生の時、大学の近くの駅で30代の女性に声をかけられた。
たしか電車の乗り換えで、急行に乗った方がいいかどうかとか、そういう質問だった気がする。
結局行き先が同じだったので、電車が来るまでと彼女が降りるまでの間、なんとなく世間話をした。
私が背が高い方なので、運動やってたの?と聞かれて、テニスをしていたことを伝えると、ちょうどバレーボールの社会人サークルやってるから、良かったら来てよ、背高いし!そうだ、同じ大学の先輩もいるし!その人、小学校の先生やってるよ!と誘われた。
その時ちょうど就活というか、教員採用試験前で、教員やってる先輩の話も聞けたらと思ったし、ちょうど体も動かしたいなあなんて思っていたので、何の疑いもせずに連絡先を交換した。
交換したLINEの名前がジャンヌだったので、なんか変な人だなとは思ったけれど、あまり気にはしていなかった。
後日、サークルに所属している大学の先輩に合わせたいから、お茶しない?とジャンヌから連絡が来たので予定を合わせてカフェに行った。
カフェに着くと、ジャンヌと綺麗な女の人が座っていた。その人は同じ大学の8つ上で、当時30歳と言っていた。30歳には見えないくらい肌が白くてツヤツヤで綺麗だった。
その人はえりさんという名前で、教員免許は持っていたが教員にはならず、営業職をしていると言っていた。
大学進学の際に田舎から大阪に出てきたが、なんやかんやあり、教員とは違う道を選ぶことを決め、就職では教員にさせたかった親と揉めたが、今の仕事を楽しんでいるらしかった。
私もちょうど併修実習(中学校教育実習)を終えたばかりで、小学校教員も楽しそうだが、中学校も楽しそうだったし、でもまだ働く自信がないから大学院も興味があるんです、なんて、当時の悩みをベラベラと喋った。というか今思えば、おだてられて聞き出されていた。
私が語り切ってちょうど気持ちいいだろう頃を見計らって、えりさんはこう言った。
あなたは私の大学時代にすごく似ている。真面目で努力家で、でも芯がないというか軸がないというか。親の期待に応えるために頑張ってるというか。自分というものを持ったらやるべきことが分かるよ。私はそれを持ってから、悩んで落ち込んだり塞ぎ込んだりすることがなくなったから。
何かと言うとね。聖書に出会ったの。なんか怪しい感じしたでしょ。でも違うの。聖書って世界中で読まれているでしょ。何でこんなに読まれてるかわかる?それは読んだら心が安定するから。どんな悩みも聖書に解決策が書かれてるからなんだよ。
興味あるなら聖書の読み方教えてあげるよ。
運があるのかないのか、ちょうど私は卒業論文で聖書が関わってくるような児童文学作品を扱っていて、いずれはどこかで読まないといけないと思っていた。
当時は、ラッキー!こんなところで卒論のこともできちゃって一石二鳥!なんて思って二つ返事でこのサークルに関わるようになった。
バレーボールサークルは不定期で開催される。1〜2週間に1回くらい。体育館を借りて。そこではめちゃめちゃシゴデキなリーダーが取り仕切って、楽しく活動していた。そのシゴデキリーダーが、大学の学科の先輩であり小学校の教員をしていた。うちの学科は1学年40人いないくらいなので、貴重な先輩だったし、何よりこの人がいたから、疑いもせずに信用していった。だって先生やってる人だし。
バレーボールは2、3回行った。基本的には楽しいサークル活動だった。みんなで声を掛け合い、初心者も経験者も関係なく、試合形式で応援し合って楽しんでいた。
ただ、バレーボールをしている時に違和感を覚えたことがいくつかあった。
バレーボールを始める前に「今週の目標は〇〇です!頑張りましょう!」ということ。
(※この目標が例えば「サーブを丁寧に打とう」「お互い声を掛け合おう」とかなら何も思わなかったのだが、「一歩前進しよう」「きらめく自分になろう」などという、どこか抽象的で掴みにくい目標だった。そしてバレーボールは“今日”だけなのに、なぜか“今週”というので謎だった)
メンバーが女性のみしかいないこと。
顔見知りのメンバーとは話させてくれるが、初見っぽいメンバーとは意図的に話せないような距離感を作られていたこと。(顔見知りメンバーは20後半から40代手前くらいまでの社会人、初見メンバーは見る感じ大学生で、明らかに歳の差があった)
何となく、変な感じがした。でも正直バレーボールだけ行ってたら、変だなー、けど楽しいからいっか、くらいで終わってただろう。
問題は聖書研究のほうだった。
バレーボールとは別に週3回程集まり、2〜3時間かけて聖書を読んだり、聞いたことない謎の歌を歌ったりした。
謎の歌は後々わかるが教祖が作った歌だった。YouTubeにも一部上がっているが、基本はラジカセとかパソコンから音源を流していて、でも音源に歌詞はついていなくて、メロディだけを聴いて、携帯のメモにある歌詞を見ながら歌うという、謎の歌い方をしていた。
聖書は読むというより分析?というか研究?という感じで、ある部分を細切れにして、そこだけ切り取って意味を考えるというか、教えてくれるというスタイルだった。そして聖書は一般的な新共同訳ではなく、口語訳が使われた。
ジャンヌの家でやったり、えりさんの家でやったりしたが、決まって場所はメンバーの家で、なぜかメンバー同士でルームシェアしていた。
ジャンヌは3人暮らし。えりさんは2人暮らしだった。
聖書研究の後はみんなで協力してご飯を作って食べたりして楽しかった。ご飯の前にはお祈りしたりしてたし、ご飯中は変な歌のメロディ流してたけど。変だけど楽しかった。
しかしだんだん核心に近づいていくと、怪しさが拭えなくなっていった。
例えば、テレビやゲーム、音楽、SNSなどのいろんな間違った情報の入る娯楽品は良くないから辞めた方がいいとか、異性との交際や性行為は身体が汚れるから認められるまで避けたほうがいいとか。シゴデキリーダーのパソコンに韓国語のシールが何個か貼ってあったりとか。それがなんかすごく違和感があった。
でも、実際それで当時Twitterを辞めたりした。後で友達に聞いたら、「教採に集中するためにTwitterまでやめてめっちゃ偉いなぁ尊敬したわ」と言われてビックリした。そんな尊敬される理由ではなかったけど、あの時辞めて良かったとは思っている。
で、その聖書研究も終盤に差し掛かる頃、えりさんに合宿があるから行かない?と誘われた。その合宿では、もっとたくさんの人と一緒に聖書研究したりできるし、「先生」にも会えるかも、と言われた。
ここでの「先生」とは何者なのかは決して明かしてくれなかったのだが、聖書研究でもよく、「先生」がこれを実際に試したらこうだった、「先生」はこういうところで修行された時にこう感じた、など、神の遣い的なポジションの人なのかなーと何となく捉えていた。そしてシゴデキリーダーは先生が大好きだった。シゴデキさんは先生が今は韓国にいること、だから韓国語のシールを貼ってるし、先生が今週の言葉を伝えてくれるんだよ、と教えてくれた。
ここで、サークルの今週の目標の言葉と繋がったのだ。ああ、これ、サークルがメインで聖書がおまけだと思ってたけど逆なんだ!聖書研究させるためにサークルでおびき寄せてるんだ!と。
個人的に当時韓国があまり好きではなかったので、シゴデキさんの韓国推しには終始苦笑いだった私。この点と点が繋がってから、これはもしや怪しいやつでは???と疑い始めるのであった。
そこからは速かった。ネットで調べると一瞬でヒットした。統一教会という言葉。統一原理という教義。詳しくいうと、私が教えられていたのはその派生のものっぽかったのだが。
でも、ネットに出ている統一原理を読んで、これこれ!これ習ったよ!とテスト答案を採点する気持ちになった。
そしてそれが大学生を騙して勧誘しているカルト集団だと知った。合宿に行くと最後、契約を交わされて入信することになる、と。
合宿は2泊3日だし、流石に親にどこに行くか言わないと行けないしと思い、ついでに今までの経緯も含めて母に伝えると、あんた騙されてるやんそれ、もう連絡とったらあかんよ、と言われた。
さすが新興宗教信者。その手の匂いの嗅ぎ分けは速いな、と思った。
すぐにえりさんにLINEして、合宿には行けないこと、そしてもう会ったり関わったりはしないことを伝えた。
えりさんはとりあえず会って話したい、と言ってきたが、こういうのは一度会うとずるずるといってしまうことを直感で読み取った私は、母が宗教信者で行くなと言われたのでいけません、そもそも宗教って聞いてなかったし、騙されてたので、もう信用できません、と、キッパリ断った。
その後もえりさんはもちろん、ジャンヌやシゴデキさんからもLINEが来たが、全部無視してブロックした。
もちろん大学にも報告した。自分の件が終わった数ヶ月後、大学内の図書館前で見たことあるメンバーが大学生に声をかけていたのを見つけて、それは流石にまずいでしょ、と思い、自分の件も含めて報告しておいた。
みんな人としては好きだったので、もちろん悲しい気持ちにもなった。そして何より、この期間、精神が安定していたおかげで教採に合格したと思うので、感謝もしてる。そして聖書の内容自体は卒論にも多少役に立ったので良かった。
いいところだけ利用させてもらって、いい社会勉強にもなった。世の中にはこんなやり方で宗教に誘う輩がいるんだと。そしてその中には小学校の教員もいるんだと。
この一件から、自分は人を信用しやすい人間であることも分かった。
これがだいたい8年前。その何年か後、安倍元総理の件で統一教会の問題が浮き彫りになったときには、背筋が凍った。さすがに。
ちなみにジャンヌやえりさん、シゴデキさんがどれくらい献金していたかは知らない。私は入信まで至っていなかったので、献金どころかお金も一切出したことない。幸いにも。ご飯も奢ってくれたし、バレーボールコート代も払ってないし、本当に楽しいことだけさせてもらったなという印象だ。
学んだことは一つ。宗教を利用するのはいいけど、宗教に利用されるのは良くないということ。まぁ母親にも言えることだが。