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モラハラ夫との離婚計画 (第2話)

 臭い息を吐き散らしながら仰向けで眠る夫の口にそっとタオルを押し当てる。よだれを拭いていただけと言い訳できるくらいの力加減に殺意を添えた。

 苦悶の表情を浮かべた所で解放すると、さっきよりも更に臭い息を吹きかけられて私は顔を背けた。細長い全身鏡にはハロウィンのコスプレでもお目にかかれないような安っぽいセーラー服の女がいる。

 目を背け、すぐに脱ぎ捨てると風呂場に向かった。ああなってしまえば朝まで起きないが、一番風呂に入れるのはとてもありがたい。

 出会った頃は優しかった、当たり前か。男なんてヤレるまでは優しい。分かっている。予約困難な銀座のイタリアン、高級焼肉、回ってないお寿司。一回り年上の夫は己の経済力を誇示するように豪華な食事を毎回ご馳走してくれた。今は外食はおろか、食費すら家に入れない。

『さっさと離婚すれば良いじゃん』
 と、友人は言う。

 いま離婚しても残るのはスタンガンの跡くらいだと、その友人には言えなかった。そして、夫の預金通帳を発見したのはたまたまだった。輪ゴムで無造作に縛られたその中身を見て驚いた。思っていたよりも0が一つ多い。

 五千万円――。
なんど確認しても同じだった。

 半分は私のもの?

『財産分与』とすぐにスマートフォンで調べるが、結婚前の財産はそれには当てはまらないようだ。派遣社員でいつ首を切られるか分からない私。手取り二十万円の給料から家賃と光熱費を半分、生活用品と食費を出したらわずかな貯金がやっとだった。

 結婚してからの貯金は離婚時の財産分与で折半、どのWebサイトにも同じことが書いてあるから信憑性は高そうだ。通帳をみる限り、毎月100万円は貯金をしている。社員二人の零細企業の代表がそんなに稼げるとは知らなかった。それなのに家賃も光熱費も折半。つまり夫はケチだった。

 趣味は貯金と女、ときどき野球。でも半分は私のもの。さして得意でもない暗算を頭の中でする。五十万が一年で六百万、十年で六千万。

 それだけあれば……。

 我慢してやる。十年は。
 アフターピルを水道水で飲み下して顔を上げると、私の顔は醜く歪んでた。ひどく醜い顔だった。

『ベッドは一つでいいだろ? 夫婦は一緒に寝るもんだ』
 と、結婚当初に夫は言ったが、まさかシングルベッドで二人とは考えが及ばなかった。しかも独身時代に使用していた彼のパイプベッドは、寝返りをうつ度にギシギシと鳴く。その真ん中でいびきをかいて眠る夫を見ても何も感じなくなったのはいつからだろうか。私は毛布を持ってリビングのソファで丸くなって眠りについた。

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