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思い込み、先入観、勘違いに気付くと仕切りなおせる

日常的に、大きなことから小さなことまであらゆる場面で起こってます。自分の思い込みや先入観でものごとを見て判断してしまうことが。

勘違いしていることに気付けないと、そのまま感情に揺さぶられて人間関係が悪化したり、大切なものを失ったり。

時には、そもそもスタートから自分の勘違いで見方が違っていたなんていうことも、あります。

だからこそ、本当にそうなのか?と、自分に問いかけてみることが有効というお話しです。

まずは自覚しておくこと

人は誰でも自分の中に持ってます。価値観、判断基準、考え方の癖といったものを。それは、人それぞれ違います。だって、ひとりひとり似ているようでも違う経験をしていきていますから。

私たちの価値観や判断基準、考え方の癖といったものは、それまでの経験から出来上がってます。親、学校、社会といったものから影響を受けたりしてきてます。

そうやって私たちは、自分色のサングラスをかけて物事を見ているということなんです。

良い悪いの問題ではなくて、そういうものなんだと自覚しておくことがまずは大事。

感情は感じ切ってしまう

瞬間的に感情はわきます。感情には良いも悪いもなく、優劣もないです。こころの奥にその感情がわくようなタネを持っているからわくだけのこと。

本来感情は9秒くらいで消えます。だからまずは感じ切ってしまえばいいと、教わってきました。

おかしいなと思いました?いつまでも怒りの感情を抱いていた経験がありますか?私はあります。

それは、感情がわくきっかけになった出来事を、何度も思い出しているから、また感情がわいてきているんです。だって、その出来事を忘れているときは、感情は出てきませんよね。

次は、本当にそうなのか?と自分に問いかける

目の前の出来事や誰かの言動に感情がわいたとき、そのもとになっているものが、あるはず。

きっとあの人は私のことを嫌っているんだ
とか
あの人は私のこの失敗を怒っているに違いない
等の
ネガティブな判断を下す基準が自分の中にあるから、ネガティブな感情が出てくるんですね。

それに対して、
本当にそうなの?と、問いかけてみるんです。すると、別の可能性があることに気付けます。そうしたらしめたもの。

私の例をあげてみますね。

かつてうつ病を経験し、薬が不要になってからも疲労感や具合の悪さ、怠さで、家事がまともにできなくなることが頻繁にあった私です。

仕事から帰宅した夫が夕飯の支度をしてくれるなんていうことは、しょっちゅうありました。

そんなとき、夫が台所とリビングを行き来するときのドスドスという大きな足音に、私は異様なほど怯えました。

考えていたのは、こんなこと。
仕事で疲れて帰宅した夫が一生懸命夕飯の支度をしているのに、1日家でゆっくりしていた私が寝転んでなにもしないでいるのを、夫は怒っているに違いない。夫を怒らせてしまっている。

あまりにも毎回怖くなるので、本当に夫は怒っているの?と、自分に問いかけてみました。
夫はとても優しく穏やかな人です。長く療養していた私をずっと支えてくれていました。
だったら、もしかしたら私の勘違いなのかもしれないという可能性が、頭に浮かびました。

すると、ある時過去の記憶が蘇りました。

昔の私の父は、常に仕事に追われていて、イライラしていました。短気で、何かが気に入らないと直ぐに怒り、家の中をドスドスと大きな足音を立てて歩き、ガチャガチャと音を立ててものを乱暴に扱っていました。

父親という大人の男性の怒りは、子どもにとっては恐怖です。大人になってからもずっと私は、そういう父親を見てきました。

ですから男性の大きな足音は、私にとっては「恐怖」と結びつくものになっていたのです。
そして、1日仕事をしてきた夫に食事の支度をさせているという罪悪感が一緒になって、私のこころは縮こまっていたのでした。

いつだったか、夫に思い切って話してみました。

「怒っているの?」

夫はキョトンとしていました。

全く怒りなどわいてなかったのです。私や息子に早く夕飯を食べさせようと思って一生懸命動くから、いつもより大きな足音になっていただけなんです。

夫は更に言いました。
家族なんだ。できる人がやって支えていくものだろ?悪いなと思う必要はない。ありがとうと言ってくれる方が嬉しい。


私は、強く大きな不安や恐れにずっと自分をコントロールさせてきました。自己否定が強く、自分責めばかりの月日を何十年と過ごしてきました。そこから出来上がった強い思い込みも持っていましたので、それが常に私の判断に影響を与えてきたんです。

なので、ずっとそういうサングラスをかけて、ものごとを見てきたことになります。本質から外れた見方ばかりしてきたと思います。

だからこそ、こころが強く反応したとき、早急に見誤った判断を下してしまうより、まずは一呼吸おいて落ち着いてみようと心がけることが大切だなと、痛感しています。

そうはいっても人間ですから、あまりの感情の激しさに冷静さを失うこともあります。
だったら猶更わいた感情も出てきた思考も否定することなく、今私はこういうことでこんな風に感情がわいたと認めていくことが、落ち着きを取り戻す近道のようです。

こんな風に偉そうに書いてみても、私もうまくいく時ばかりじゃありません。師曰く人生は日々練習だそうですからめげずにいきます。


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