有機化学者のための単結晶X線構造解析(8)「回折データのPC解析」
単結晶X線構造解析は実際の分子,結晶構造を観ることのできる強力な構造解析手法の1つです。
多くの研究分野に普及しており,生化学・構造生物学分野ではタンパク質の構造解析研究,有機・無機化学分野では合成した分子の構造決定や分子間相互作用の研究などに利用されています。
本連載では有機化学者のための単結晶X線構造解析と称して,X線回折測定の基礎から測定原理を解説していきます。
今回のテーマは「回折データのPC解析」です。
回折データのPC解析の流れ
測定で得られた回折データのPC解析は以下のような流れで行う。
1.積分
2.消滅則による空間群の判定
3.初期構造解析
4.種々の構造解析
5.CIFフェイルへの書き換え
6.Check CIF
解析ソフト
X線回折データの解析ソフトはいくつか存在するが,日本の大学はじめ研究機関ではYadokari-XGが多く使用されている。Yadokariでは消滅則による空間群の判定からCIFファイルへの書き換えまで行える。
正確には,Yadokari-XG自体は解析ソフトではなく,複数の解析ソフト(SIRなど)を適切に選択・使用するソフトである。
積分
測定で得られた画像データから,回折点を抽出し,結晶情報(格子定数)を得る作業を積分と呼ぶ。
一般的に格子が大きくなればなるほど回折点は密に観測される。
積分は大きく分けると①格子定数の予測,②予測した格子に合わない反射を除く,に分けられる。
格子定数を大きくとると必要な反射が多くなるため,なるべく小さくかつ適切な格子を選択する必要がある。
消滅則による空間群の判定
不適切な反射を除外した回折データを解析ソフトに移し,消滅則による空間群の判定を行う。
積分により得られた格子定数より七晶系が選択され,消滅則により空間格子が選択されることで,Bravais格子が判別できる。
P:消滅則なし(全ての反射が出現)
C:h+k≠2n, k+l≠2n, l+h≠2n のいずれかを満たす。
I:h+k+l≠2n
F:h, k,l≠2n, h, k,l≠2n+1のいずれかを満たす。
初期構造解析
Bravais格子が判定されたら初期構造の解析を行う。
これまでにすでに述べているように,X線では電子密度を観る測定手段である。
X線回折測定の解析では,電子密度の高い位置に原子を配置していくことで,分子構造を可視化していく。
種々の構造解析
得られた初期構造に対し更なる解析を行うことでより正確な構造を得る。主に行う解析は以下である。
異方性温度因子の導入
分子中の原子は理論上は0Kでなければわずかに運動(振動)している。
そのため,分子構造中の原子は球状ではなく楕円球になる。
この温度による振動を加味したものが異方性温度因子である(0Kの場合を等方性温度因子と呼ぶ)。
水素原子の配置
X線では電子密度の小さい水素原子を観ることはほぼ不可能である。
そのため,水素原子は予測では位置することしかできず,メチレンやフェニルなど既知の原子-水素結合の結合長で水素原子を配置する。
Disorder処理
上記の運動により大きく原子や分子が運動したり,溶媒分子が含まれている場合,目的の分子構造以外に強い電子密度を示す。
強い電子密度はそこに原子が存在することを意味し,これを正さないとデータの改ざんになる(Check CIFでもエラーが出る)。
そのため,Disorder処理を行い,原子を配置する必要がある。
ただし,分子の運動であれば存在率は他の原子よりも弱く,溶媒分子である場合もすべての結晶格子中に含まれていなければ存在率は下がる。
このような場合,任意の原子の存在率を変更することができるので,そのような処理を行う。
この他にも,異常な反射の削除,原子散乱因子の導入など必要なものや必ず行う解析がいくつかある(ここではその解説は割愛する)。
CIFファイルへの書き換え
各種解析が終わればCIFファイルへ書き換えを行う。
このCIFファイルには,回折測定や解析などの条件や,得られた結晶の情報などが記載されており,論文などの場合はその論文情報も記載されている。
Check CIF
得られたCIFデータはCheck CIFを行い,異常な解析結果や不可解な点はないかを自動で判定してくれる。
Check CIFでは異常な個所はAlertとして表記される。
この内,Alert Aは必ず解消する必要があり,Alert Bも原則解消しておく必要がある。
Alertが出ているとその解析データが悪いあるいは欠けている証拠なので,各Alertの指摘内容をよく読み,再解析(場合によっては再積分)を行う。
【参考図書】
・X線結晶学入門[化学同人]
・アトキンス物理化学(下)[東京化学同人]