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量子力学を概観する(7)「光化学入門」

量子力学は古典力学と並ぶ物理学の2本柱の一つです。
これらはミクロ/マクロの物理学として区別され,量子力学はミクロ=原子などの微粒子の運動を表すことができます。

本連載では,数式の導入などは行わず,量子力学とは何かを概観していきます。
学問の勉強というよりは手軽に読んでいただけるような読み物を目指していきます。

今回のテーマは「光化学入門」です。


前回の復習

今回の内容は前回の続きになります。

スピン多重度についてもう少し深く

前回の最後にスピン多重度についてお話ししましたが、もう少し深く見てみましょう。

S0、S1、T1についてお話ししてきましたが、このSはSinglet(一重項)、TはTriplet(三重項)を意味します。
一重項や三重項のことをスピン多重度と言います。

一重項と三重項の違いはスピンの向きで決まります。
一重項はup/down spinの数が同等ですが、三重項の場合はspin反転が起こっているので、一方のspinが2つ多くなります。

スピン禁制

一般的に異なるスピン多重度への遷移は起こりません。
これをスピン禁制と呼びます。

つまり、S0→S1の遷移は起こりますが、S0→T1の遷移は理論上起こりません。

ヤブロンスキー・ダイアグラム

では今回のメインテーマとも言える「ヤブロンスキー・ダイアグラム」について説明していきます。
その前にヤブロンスキー・ダイアグラムを見てもらいましょう。

今回はわかりやすくするため、S1よりも高いエネルギー準位や振動準位は省略している。

矢印はそれぞれの状態の遷移を示しており、実戦は光遷移、点線は熱遷移を示します。

では各遷移について見てみましょう。

吸収:S0→S1

何もしていない状態の物質は基底状態 = S0です。
そのため、エネルギーの高い状態への遷移(励起)から考える必要があります。

一般的に高いエネルギー状態にするには何らかの外部エネルギーの付与が必要になります。
通常は光や熱で励起させますが、光の場合は吸収という扱いになります。

光の吸収については紫外可視吸収スペクトルとして測定ができます。

紫外可視吸収測定装置(島津製作所のホームページより)

蛍光:S1→S0

励起状態であるS1は光を放出することで元の基底状態(S0)に戻ります。
この発光過程を蛍光と呼びます。
近年よく見る有機ELはこの蛍光を利用しています。

蛍光は吸収と同じように蛍光スペクトルの測定だけでなく、蛍光量子収率(効率よく発光しているかどうか)や蛍光寿命(光がどれくらい続くか)などのパラメータも重要になってきます。

発光スペクトル測定装置(HORIBAのホームページより)

りん光:T1→S0

同じ発光でもT1からS0の過程をりん光と言います。
先ほども述べた通り、異なるスピン多重度の遷移は本来は禁制です。
しかし、特殊な例では許容遷移となります。

りん光を発する例としてイリジウム錯体(Ir(ppy)3)が有名です。
Ir(pay)3は緑色りん光材料として有名で、緑色LEDの発光材料としてスマートフォンなどに使用されています。

蛍光とりん光の大きな違いは寿命です。

蛍光はS0→S1に励起した後すぐに起こるので蛍光寿命は短くなります。
具体的な蛍光寿命は10^–10 ~ 10^–8秒オーダーになります。

一方のりん光はS1からT1にエネルギー移動をしてから生じるので、蛍光よりも長い寿命を持ちます。
りん光寿命のオーダーは10^–8秒以上になります。

項間交差:S1→T1

S1からT1へのエネルギー移動を項間交差と言います。
本来は禁制遷移ですが、適切な分子設計を行うことにより、エネルギー準位の高いS1から低いT1への遷移が可能になります。

りん光材料はこの項間交差を効率よく行うことにより、効率よく光を取り出すことができます。

逆項間交差:T1→S1

こちらもスピン禁制ですが、項間交差と異なり、エネルギー準位の低いT1から高い S1への遷移になるため、ほとんどの場合では起こりません。

 S1とT1のエネルギー差を小さくすることで、この逆項間交差を起こすことができます。

熱放射

最後に熱放射ですが、これは光ではなく熱を放出することで励起状態に戻る過程を示します。

光触媒

ヤブロンスキー・ダイアグラムでも紹介しましたが、光を吸収することで励起状態になりますが、そのまま蛍光、りん光、熱放射する以外にも用途はあります。

その代表例が光触媒になります。

酸化チタン

最も有名な光触媒はズバリ酸化チタンでしょう。

酸化チタンに可視光や紫外線を照射することで生じるラジカルやアニオンによって、脱臭や抗菌といったさまざまな作用を起こすことができます。

https://www.k-koyu.co.jp/hikari/#hikari_introより

有機反応への応用

近年では、有機反応への応用が盛んに行われています。

というのも、近年の有機反応の触媒では遷移金属を用いるものが多く、経済性や埋蔵量などの問題から遷移金属を使わない方法(Feなどの汎用的な金属やメタルフリーなど)が求められています。

具体的には、クロスカップリングで大活躍のパラジウムは、自動車触媒など他用途での利用もあり、近年の消費量は多くなっています。

これを遷移金属フリーでやる方法の一つが光触媒です。

以下のように多くの報告がなされています(まあクロスカップリング以外も載せていますが)。

まとめ

さて、今回は光化学入門としてヤブロンスキー・ダイアグラム、光触媒について取り上げました。

量子力学というよりはそこから派生した光化学の内容ですが、大雑把に概観してきました。
この辺りを深く掘り下げようとも考えましたが、連載趣旨から少しずれそうなので別の機会に。

それでは、また。

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