立ちんぼドラック。
立ちんぼとは、街娼のことだ。
店を介さずに路上で客引きをし、ラブホ等で性的サービスを行う。売春防止法によって禁じられている犯罪行為。
だけど、立ちんぼは至るところにいる。歌舞伎町にある大久保公園なんてのは、立ちんぼスポットとして有名だ。そこで行われる売買契約に、「交縁」という造語が名付けられる程。
僕が住むこの街にも、同じ闇がある。ここでの売春は、「乱公」なんていう造語で呼ばれている。ラブホ街の近くに「乱」という公園があり、その柵の周りに立ちんぼが沢山立っている。乱という公園の名と、その周りにいる立ちんぼであることから、「乱行」という言葉を文字って、生み出された造語である。
今夜も大量の立ちんぼが、乱を囲むようにして立っている。
彼女達がそこに立っている理由は、様々。担当ホストへの貢ぎ金を稼ぐ為、家出をして生活費がない為、シャブ代を稼ぐ為……。
明らかに未成年であろう人もいる。噂では、家出少女とロリコンを繋げる少女売春専用の裏掲示板が存在するらしい。その掲示板についても気になるが、今日ここへ来たのは、その闇深いサイトを突き止める為ではない。
「立ちんぼドラック」。
名前からして明らかに怪しいこのワード、聞いたことはないだろうか?
……お、ちょうど、いいところに。
ぶかぶかの黒色のパーカーを着てミニスカートを履いた20代前半ぐらいの女が、スマホを弄って街路灯の下に立っている。間違いなく、立ちんぼだろう。彼女に、水色のポロシャツを着た30代後半ぐらいの男が話しかけた。何やら、2人してぼそぼそと話し合っている。きっと、値段交渉だろう。
1分程会話をしてから、2人はラブホ街に向かって歩き始めた。交渉が成立したのだ。
僕は見逃さなかった。
ポロシャツ男の後ろを歩くミニスカ女が、パーカーのポケットから透明の包装紙に包まれたピンク色の飴玉のような物を取り出したのを。包装紙を取った彼女は、その飴玉を口に入れた。数秒後、突然ミニスカ女はポロシャツ男の腕に抱き付いた。
「……噂通りだ」
興奮して、思わず両手を握った。
立ちんぼドラック、又の名を、「嗜好飴」。
この街にいる立ちんぼの間で流行していると噂される、飴玉のような麻薬だ。これを舐めると、目の前の人間が自分の好きな人や理想とする人物に見えるようになるらしい。
この都市伝説は、本当だったんだ。
何でも別の街から流れてきた麻薬らしい。そこでも、夜の仕事をする人々が使用しているとのこと。
エッチなことをするなら、好きな人や、タイプの見た目の人としたいよな。それが幻覚であっても、醜く汚い現実を見るよりはマシな気がする。僕自身が娼婦ではないから、分かった気になっているだけかもしれないが。
その後も、乱公目的の男女がラブホ街へと消えていった。全員ではないが、多くの立ちんぼが立ちんぼドラックを所持していた。
僕は少し離れた場所から、現場をカメラで撮影した。満足するまでシャッターを切ったら、僕もラブホ街へと歩き出す。決して、乱公を行おうとしているわけではない。
今夜はラブホに泊まって、記事の執筆をする。幻覚と現実と性欲と金に溺れた彼等が、同じ建物で性行為を行っているのを想像しながら。
闇は独自の進化を遂げ、新たな形で人間を飲み込む。黒い粘液で覆われたようなその世界を外側から見て楽しんでいる自分も、十分変態であることは承知している。でも、一度ハマってしまった沼は、努力しても自力ではなかなか抜け出せない。興奮は熱狂となり、下へ下へと自ら堕ちていく。
ラブホに設置された電飾看板の妖しい光が、今の僕には気持ちがいい。
今夜は、いい記事が書けそうだ。
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