ラブホ街アンダーグラウンド。
ラブホ街を歩いていると、鬱屈とした感情が溶けるように闇夜へ消えていく。
カメラを首から下げて、妖しい光に包まれた街を進んでいく。
チープなお城のような外装のラブホ、普通のビルのようなラブホ、古民家のようなラブホ……歩く度、様々な種類のラブホを通り過ぎていく。
性癖に刺さる外装、並び方、路地裏を見つける度、カメラで1つ1つを捉えていく。危険な色気に満ち溢れたこの空間を切り取って、自分の物に出来たと思えるようになるまで、シャッターを切り続ける。
ラブホと電飾看板と入り乱れた電線による胡散臭さたっぷりの路地裏、「ご休憩4500円〜、ご宿泊7500円〜」と料金プランが記された電飾看板、ラブホと自動販売機とドラッグストアが横並びになった道。
妖しい光景を見付ける度に、写真を撮る度に、生きてきて溜まりに溜まった憂鬱が、怠さが、悪意が、身体中の穴という穴からじゅわじゅわと垂れ流し状態になり、アンダーグラウンドなこの空間に溶け込んでいく感覚になる。本来、感情達がいるべきだった場所に、帰っていくような気持ちにさえ。もしかしたら、そういった感情や欲望を捨て去る場所なのかも知れない。
そうか。だからラブホ街は、こんなにも暗く、重く、不気味で、それでいて、妖しく、触れたくなるような色気に満ち溢れているのか。
紫色と青色を混ぜ合わせたような光を放つ、硝子張りの近未来感溢れるラブホに両側を囲まれた路地。
カメラを構えようとしたら、奥の角から若めのカップルが楽しさと恥ずかしさを纏いながら歩いてきた。
何だか気まずくなって、カメラを下ろす。僕も何事もなかったかのように後頭部を掻きながら、カップルと向かい合うようにして歩き出す。居心地の悪い状況になると、思わずにやついてしまうので顔を伏せる。
カップルは制服を着ていた。高校生だろうか? それとも、大人のコスプレ? いや、見た目はどちらもまだ成長過程の幼さがある。
カップルが近くまで来た。
「……右手の小指とかどう?」
さらさらの黒髪の男子高生が爽やかな笑みで、隣の女子高生に尋ねた。
「んー、なら、左肘がいい」
楽しそうに微笑む女子高生は、右目に眼帯を付けていた。
カップルが横を通り過ぎていく。
思わず、振り返る。
幸せそうに腕を組む2人。男子高生は右手をズボンのポケットに突っ込んでいた。そこから、きりりりり、と何かを削るような、引っ掻くような奇妙な音が聞こえた。
ラブホ街の闇夜に消え行く、2つの人影。
綺麗だと思い、カメラを持ち上げる。シャッターボタンに指を置く。力を込めようとした時、背筋をぞくっと冷たいものが走った。カメラを下ろし、辺りを見回す。どこからか、得体の知れない視線のようなものを感じる。
が、そこにあるのは、硝子張りのラブホ、妖しい光、路地に漂う重たい闇夜のみ。カップルはどこかへ行ってしまった。
背後から話し声と足音が近付いてくる。
僕は来た道を戻るように、再び歩き出す。
ラブホ街を歩いていると、鬱屈とした感情が溶けるように闇夜へ消えていく。
自然と早足になる。
体内を踊り狂う憂鬱を強引にでも吐き出させるようなスリルを、求めているのかも知れない。
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