屍サンタ。
人の闇が蠢く街、「闇の街」にも、聖なる夜はやって来る。
12月24日23時49分。
闇の街にある、ラブホ街。ラブホに設置された妖しい光を放つ照明に加えて、クリスマス仕様の緑色や赤色といったカラフルな色が、街を賑やかにしている。
当然、人の多さが騒がしさの1番の要因だ。男と女、男と男、女と女、男と男と女、男と男と男と男と男と女……。性なる夜を共に過ごす様々な組み合わせの獣達が、棲家を探して、うようよしている。
僕はある場所を見付ける為に、ラブホ街を歩いていた。
この妖しい光に包まれたエリアは、鶯谷駅北口周辺のラブホ街より一回り程広い。中には、廃墟と化したラブホもいくつかある。
12月24日23時56分。
廃ラブホ、「慾」の前に、大勢の人間が集まっているのを見付けた。そこにいる全員が顔を上げて、何やら騒いでいる。
ここだ。
そう思った僕は、早足で群衆に混ざった。彼等の視線を追い、僕も上を見た。
廃ビルのような見た目の慾の屋上に、1つの人影が見えた。
目を凝らすと、黒色のサンタ帽を被り、黒色のコートに身を包んだ1人の男が立っていた。年齢は30代中盤辺り、背は180センチ程あった。細身だが、肩幅が広い為、がっちりとした身体付きをしているように見える。
サンタ帽の男は両手に1つずつ、黒色の塵袋を持っていた。どちらも大量に何かを詰め込んだのか、ぱんぱんに膨れている。また、彼が右手に持った塵袋はもぞもぞと動いており、口を塞がれたような男の悲鳴が聞こえる。
異様な状況なのに警察が来ないのは、この街の治安の悪さを表しているように思える。
12月24日23時59分。
餌を見付けた蟻のように集まる僕達を、サンタ帽の男は無言で見下ろし続けていた。
「3!」
突然、群衆の中の誰かが叫んだ。
「2!」
先程の声の主と共に、他の人々もカウントダウンを始めた。
「1!」
群衆の殆どが声を揃えて、鮮やかな夜空に大声を出した。
12月25日0時00分。
男の悲鳴と共に、2つの塵袋が落ちてきた。群衆は落下位置から逃げるようにして、スペースを空ける。
だがぁんっ。
どさっ。
それぞれ違う音を奏でて、2つの塵袋は地面とぶつかった。
群衆は静まり返った。
塵袋の口は、結ばれていなかった。落ちた衝撃で、中身が姿を現した。サンタ帽の男が右手で持っていた塵袋の中からは、猿轡をされた全裸の男の死体が顔を覗かせた。遺体は関節があらぬ方向に曲がっており、痛々しかった。左手で持っていた塵袋の中からは、大量の札束が出てきた。
群衆の中の1人が走り出した。それに続くようにして、その他の人々も歓喜の声を上げながら、札束が入った塵袋へ向かっていく。
僕はその光景を眺めながら、噂通りだ、と興奮した。
「屍サンタ」。
闇の街には、そんな都市伝説がある。
12月24日23時45分から25日0時00分の間、闇の街にあるラブホ街に屍サンタが現れるという噂。ラブホ街のどこに出現するのか、というのは分からない。だが、ラブホ街内に複数ある廃ラブホのうちのどれか1軒の屋上に、突如姿を現すとのこと。
屍サンタは、2つの黒色の塵袋を持っている。右手の塵袋には今年1番この街で悪かった人間が、左手の塵袋には右手の塵袋に入っている人間の全財産が入っている。
まさに、都市伝説通りだった。
何を基準にして、1番の悪人と認定されるのかは分からない。塵袋の中で絶命している男は、未成年専門の人身売買を行い、闇の街で大金を稼いだ「墓場」と名乗る男だった。部下に子供達を拉致させて、闇のオークションで売り出していたらしい。
札束に群がる群衆の中から、怒号や悲鳴が聞こえた。歓喜の声は消え、殺伐とした声が辺りを行き交う。
人々が金を求めて奪い合いを始めた。殴って、蹴って、噛んで、千切って、引っ掻いて、刺して、首を絞める。その中に警官もいた。闇の街の人々による自己中心的な暴力が、札束の入った塵袋の前で繰り広げられた。
再び、俺は慾の屋上を見上げた。
12月25日0時05分。
そこにはもう、屍サンタの姿はなかった。
だけど、この悲惨で滑稽な光景を、どこかで煙草でも吸って、嗤いながら見下ろしているような気がした。
この街では、金の前で他人の命なんて価値を持たない。むしろ、屍の上に札束がばら撒かれる。
墓場の死体は殺し合いの波に飲まれ、見えなくなっていた。