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殺し屋、「闇」と「病」。
人の闇が蠢く街、「闇の街」。
都内にあるこのアングラ街は、他の街より命や身体に対する尊厳がない。闇が犇く路地裏から、常に人の皮を被った化け物が獲物を探して目を光らせている。
アングラ街ライターである僕にとっては、ネタの宝庫だ。ふらっとそこら辺を歩いただけで、街に蔓延る闇を垣間見ることが出来る。
18時頃、記事を書く為の材料を探すべく、闇の街の居酒屋街を歩いていた。
「蟇」という名前の居酒屋の前で、黒髪マッシュの男女二人組が煙草を吹かしているのを見付けた。
もしや、と思った。
少し離れた煙草屋の前に置かれた灰皿スタンドの前で、僕も煙草を吸いながら彼等を横目で見た。
どちらも黒髪マッシュで、長めの前髪で目元が隠れている。また、黒色のワイシャツを着、黒色のワイドパンツと黒色の革靴を履いている。男は身長175センチ程あり、唇が青白かった。女は身長160センチ程あり、真っ赤な口紅を塗っていた。
彼等は会話することなく、街行く人々を眺めながら、煙草を吸っている。
ちょうど僕が1本目を吸い終わる頃、黒髪マッシュの2人の前を、身長190センチ程ある筋肉質の男が通り過ぎた。髪の毛を後ろで結び、首の左側に黒色の烏賊の刺青を入れた、スーツ姿のいかつい見た目の男だった。
黒髪マッシュの2人組は正面を通った烏賊の刺青の男を見ると、同時に首を右側に傾けた。
「……」
「……」
すると、彼等は吸っていた煙草を灰皿スタンドに入れ、2メートル程の距離を保ちながら烏賊の刺青の男の後ろを歩き出した。
僕も黒髪マッシュコンビの跡を追い、居酒屋街を進んだ。
*
化け物が潜んでいそうな、薄暗い路地裏。道を照らす明かりは、等間隔で設置された街路灯から放たれる点滅する弱々しい光のみ。
烏賊の刺青の男は居酒屋街の表通りから抜けた後、細い裏道へと入った。黒髪マッシュの2人組も彼の跡に続き、僕も2人を追った。
そうして、この薄気味悪い路地裏に辿り着いた。
烏賊の刺青の男が路地裏の右側にある街路灯のないもっと細い道へと入ると、黒髪マッシュコンビもそれに倣った。
3人の姿が見えなくなった瞬間、直感的に「彼等が入った路地裏へ行ってはいけない」という危険信号が脳内で点滅した。
僕は街路灯のない路地裏の近くにある自動販売機に身を隠し、スマホを弄る振りをした。
3分程経過すると、こちらに近付いてくる足音が聞こえた。
正面を誰かが通過する時、スマホの画面に顔を向けながら、目だけで前方を見た。
黒髪マッシュの2人組が、煙草を吸いながら無言で来た道を戻っていた。
彼等が離れたのを確認し、距離を取りながら2人の後を追う。街路灯のない路地裏を確認する必要は、彼等の横顔を見た瞬間からなくなった。
*
黒髪マッシュの2人組が向かったのは、居酒屋街の外れにあるレトロな見た目の風呂屋だった。
彼等が「湯」と白色の文字で記された赤色の暖簾を潜って店内に入った瞬間、疑念が確信に変わった。
闇の街には、何人もの殺し屋が住んでいると噂されている。黒髪マッシュの2人組も、その黒い噂の1つだ。
殺し屋、「闇」と「病」は、聞いたことないだろうか。双子なのか、恋人同士なのか、ビジネスパートナーなのか、関係性は不明だが、コンビで暗躍する殺し屋だ。マチェットを愛用しているとのことだが、僕が見た限りでは彼等の手には握られていなかった。どこかに隠しているのかもしれない。
初めに彼等が闇と病である可能性が浮上したのは、喫煙中の2人の前を烏賊の刺青の男が通った時だ。闇と病は烏賊の刺青の男を確認すると、同時に首を右側へ傾けた。これは彼等が殺害対象を見付けた時にする仕草だと噂されていた。
次に彼等が殺し屋であると思えたのは、街路灯のない路地裏から出てきた時だ。スマホを弄る振りをしながら見た闇と病の横顔に、赤黒い液体が飛び散っていた。
最後に彼等が殺し屋、闇と病であると確信出来たのは、居酒屋街の外れにある風呂屋、「欠伸」に入ったこと。欠伸は、殺し屋御用達の風呂屋だ。闇の街の殺し屋達は、欠伸で汚れた身体を一般人に紛れる為に綺麗にする。闇と病もよくここを利用しているらしい。
ちなみに、欠伸という店名は、「殺し屋達が欠伸をしながら、ほっと一息出来るように」という元殺し屋である店主の優しい思いから来ているらしい。
近くにある行き付けの喫茶店の2階で欠伸を見張っていたら、血を洗い流した闇と病が出てきた。
彼等は再び、居酒屋街へと向かっていった。
僕も即座に会計を済ませ、闇と病を追って温かく騒がしいエリアへと飛び込んだ。
*
殺し屋、闇と病が向かったのは、居酒屋街にある小さな個人経営の焼肉屋、「膵」だった。
僕も時間を空けて、店内に入った。
小さな店で、縦に長い空間に、6席分のカウンターと、独立したテーブルが3席しかない。
ここにはよく、取材や執筆をした後、空腹を満たしに行く。テレビのニュース番組でアナウンサーが原稿を読み上げる声、肉を焼く音、店主のかけ声、常連客の酔った話し声、ライターの火を点ける音が、仕事終わりの僕の疲れを癒してくれる。
闇と病は、一番奥のテーブル席で煙草を吸いながら、ホルモンを焼いていた。
僕は一番手前のテーブル席に座り、店主にピーチサワーと味噌ダレホルモンを注文した。
何度も膵へ足を運んで分かったことだが、この店のホルモンは人間の臓器を使用している可能性がある。闇の街には、様々な理由で行き場を失った人肉を取り扱う特殊な肉屋が存在する。以前、膵の店主が、特殊な肉屋から「密猟ホルモン」と呼ばれる人間の臓器を仕入れるところを目撃したことがある。
決して、僕は人間の臓器を食べたいわけではない。ただただ、ホルモンが好きなのだ。特に、膵の味噌ダレホルモンが。この店が密猟ホルモンを提供しているかもしれないと知った時は、吐き気を覚えた。だけど、それ以上に、また食べたくなる魅力が、膵のホルモンの味と食感にはあるのだ。それに、この店のホルモンが100パーセント、人間の臓器だとは限らない。
僕のテーブルに、ピーチサワーと味噌ダレホルモンが運ばれてきた。
闇と病は、レモンサワーと共に程よく焼けたホルモンを楽しみだしていた。先程まで、死んだばかりの人の身体を見たばかりなのに、よくあんなに美味しそうに食べられるよなと感心する。ここで密猟ホルモンを扱っている可能性があると彼等が知っているのなら、尚更だ。仕事とプライベートを分けられて偉いなと思う。
注文した味噌ダレホルモンを熱くなった網の上に置く。ぱちぱちと焼ける音を聞きながら、ジョッキに並々と注がれたピーチサワーを喉の奥へと流し込む。
奥の席に座る病と目が合った。正確に言うと、目が合った気がした。前髪で隠れた彼女の目が、僕を捉えているような気がした。
にっ。
無表情だった病が、両側の口角を上げた。
ぞくっ、と背中に冷たいものが走る感覚を覚えた。
特に何を言われたわけではない。
「私達のこと追ってるの知ってたよ」
「後で口封じの為に殺っちゃうね」
「二度と付けるなよ」
言われたわけではないから、病が口角を上げた意味を考えると、様々な想像を掻き立てられて不安になる。
「ホルモン、美味しいよ」
そんな可愛い笑みだと信じて、焼けた味噌ダレホルモンをタレ皿に満たした檸檬のタレに漬けた。