鉤爪の制裁者。
「闇の街」。
都内でトップレベルに治安の悪いこの街は、人々からそう呼ばれている。麻薬密売、売春、殺人請負、死体掃除、カルト教団……。様々な人の闇が蠢く街。正しい、正しくない、ではなく、欲望を満たすことを生き方とした人間が多く住んでいる。
闇の街でなら、他人の人生を壊し、やりたいことだけをやって、ノーリスクで生きることが出来るのか?
その答えを、僕はこの街で見付けることが出来た。
*
その夜は、「薔薇の楽園」という組織を、取材しようとしていた。
薔薇の楽園とは、最近、勢力を伸ばしつつある麻薬組織だ。「薔薇の麻薬」という、薔薇の見た目をした麻薬を栽培・販売している。薔薇の麻薬を摂取すると、目の前にいる人間を犯したい衝動に駆られるようになる。家出少女の売春を斡旋する闇組織や、セックスをしたい人がいる奴が、商品や気になる相手に摂取させる為に購入することが多いらしい。
アングラ街ライターとして、そんな闇深い組織を記事にしようと思っていた矢先、冒頭で述べた「答え」と出会うことになったんだ。
闇の街のラブホ街の外れに、薔薇の楽園のアジトはある。外見は廃墟と化したラブホといった感じだ。「ここは心霊スポットです」と言われても、何の驚きもしない。それぐらい廃れた、5階建ての建物。
だが、普通の廃ラブホとは違うところがある。全ての窓が、真っ赤なカーテンに覆われているのだ。まるで、中の様子を一切外部には見させないかのように。それでも、ここは薔薇の楽園のアジトだと外部に知らしめるかのように。
アジトの外に、見張りと思われる人間はいなかった。だが、どこかしらから、道行く人々を観察している筈だ。通行人に紛れながら、ひっそりと建物の全景をカメラに収められるスポットはないかと辺りを見回していたら、奴は現れたんだ。
細身で、高身長の男がゆっくりとアジトに向かって歩いてくる。初めは、薔薇の楽園のメンバーの1人かと思ったが、彼の両手を見て、その考えは間違いだと気が付いた。
同時に、噂通りだ、という興奮が湧き起こり、思わずアジトの前で足を止めた。
闇の街には、警察に捕まっていない犯罪者を裁く者がいる、という都市伝説がある。罪の度合いに関係なく、この街にいる悪人を、濃紺色の爪が付いた鉤爪で殺すという噂。
アジトの前に立った男の両手には、3本の濃紺色の爪が付いた鉤爪が嵌められていた。
所有する武器と、悪人を殺すという行為から、彼は「鉤爪の制裁者」と呼ばれている。
「穢れを排除せよ」
鉤爪の制裁者はそう囁くと、何の躊躇もなく木製のドアを押して中に入った。アジトなのに鍵はしていない。無関係の人間がアジトの中に入ったら、開発中の麻薬の実験台にさせられるという話があるのだが、それは本当なのかもしれない。
1階から怒号、悲鳴、銃声が聞こえた。それ等の音が、2階、3階……と上がっていく。5階からも響き渡り、静かになった。
数分後、アジトのドアが開いた。中から出てきたのは、返り血で血塗れになった鉤爪の制裁者だった。
噂通りだ。
その姿を見て、本日2度目の興奮をした。
10分程で、勢力を伸ばしつつあった麻薬組織があっさりと壊滅した。たった1人の男によって。闇の街には、鉤爪で犯罪者を殺す制裁者が存在したのだ。ただの都市伝説ではなかった。
鉤爪の制裁者は、赤黒く汚れたままの姿で、ラブホ街を後にした。
*
闇の街でなら、他人の人生を壊し、やりたいことだけをやって、ノーリスクで生きることが出来るのか?
その答えは、読者なら即答可能だろう。
悪いことをしてはいけない。幼い頃から両親や先生から教わってきたそんな単純なことが、大人になると守れなくなる。
欲望を満たす快楽を知った大人には、理性以上の抑止力が必要なのだ。