プッシャーはなぜ生じるのか?姿勢が崩れる原因と身体軸の関係性!
脳卒中患者様において座位・立位などの姿勢保持能力が低下し、姿勢保持が困難になるケースや、保持は可能だが姿勢が崩れるケースは非常に多いと思います。
そしてこの姿勢が崩れることが問題となり、歩行時の不安定さやADL時の転倒リスクなど、様々な問題を呈すことが臨床場面でもみられます。
これらは大きくバランス障害として捉えられることが多いですが、その中でも非麻痺側上下肢で押すケースとしてプッシャー症候群(以下:pushing)があります。
このpushingという現象は出現率が1.5~63%と様々な報告があり、急性期に多くみられるのもひとつの特徴としてあげられます。
pushingの特徴は姿勢保持能力の低下という問題点に加え、非麻痺側を使って、姿勢を病巣と反対側(右脳の障害によって、左麻痺が生じるのに左側に押してしまう)に押すという現象が生じるのも大きな特徴です。
そして、pushingと類似するような姿勢が麻痺側へ傾斜するlateropulsionなどの姿勢保持障害を呈するケースもあり、その鑑別に難渋することも多くあると思います。
では、そもそもなぜ脳卒中になると姿勢が崩れるのか?なぜ同じように姿勢が崩れるのに非麻痺側で押す現象が生じるケースと生じないケースがあるのか?それらの違いは脳のどの部位で生じ、そのメカニズムや病態はどうなっているのか?などを臨床的には判別することが、バランス障害を呈するリハビリにおいて非常に重要になってきます。
今回はこの姿勢が崩れ、かつ非麻痺側で押してしまうpushingについてまとめていきたいと思います。
そもそもpushingとはどういった病態なの?
Davies1)は、
「あらゆる姿勢で麻痺側へ傾斜し、自らの非麻痺側上下肢を使用して床や座面を押して、正中にしようとする他者の介助に抵抗する」
と定義しています。
つまりこのpushingの定義として、以下の3つの構成要素から成り立つことがわかります。
① 姿勢傾斜
② 押す現象
③ 修正への抵抗
これら3つの特徴が揃った際にpushingと判断されることが多く、これらはpushingを客観的かつ定量的に評価するための指標であるSCP(Scale for Contraversive Pushing:2000年に報告)2)からその特徴をみることができます。
しかし、このSCPはpushingの判定基準としては優れているが、治療による変化は捉えにくいのが現状であり、それら問題に対してBLS(Burke Lateropulsion Scale)という評価指標も合わせて用いることがあります。
BLSとは、背臥位・端座位・立位・移乗・歩行それぞれの場面での抵抗感をみる指標で、回復度合いの経過をみるのに適した評価バッテリーとなっています。
では、評価指標からこのpushingに関する大まかな特徴を理解した上で、さらに3つの項目についてなぜそういった問題が生じているのかというメカニズムについてまとめていきたいと思います。
姿勢定位障害としてのpushingについて
まずpushingという現象を見る際に重要になってくるのが、3つの特徴を十分考慮する必要があるということですが、今回はその中でも姿勢傾斜についてまとめていきたいと思います。
① 姿勢傾斜
Pushing例においてまず考えるべきポイントは姿勢が崩れ、バランス障害を呈しているという部分です。
バランス障害とは支持基底面に対する重心のコントロール能力で、この支持基底面から重心が逸脱した際にはバランスが悪くなり、逆に支持基底面内に重心が留まっている場合はバランスが良いと判断されます。
では姿勢が崩れるということは何を表すかというと、姿勢の崩れは姿勢傾斜として判断され、これらは自己の身体軸(いわゆるまっすぐした姿勢や傾いた姿勢かを判断する指標としてランドマークの頭部や剣状突起、左右骨盤中間位を結ぶ垂線)をみることや、身体部位の左右差や身体部位の傾きなどのアライメントがしっかりとどまっているのかという定位という要素から判断されます。
つまり、これらが崩れるということでpushingは姿勢定位障害として捉えることができ、それにより支持基底面から重心が逸脱することで、身体重心には回転運動が生じることで、結果的にバランス障害を引き起こすことがpushingの背景として考えられます。
その際に重要なことは、まず姿勢定位というものが何なのか?定位するためにこの身体軸をどのように脳卒中患者が把握しているのか?そしてその軸の崩れに対してどういった機能がそれを修正・保持するために関与しているのか?を知る必要があります。
姿勢定位に関わる3つの入力系
定位とは、“動物が刺激に対して体の位置または姿勢を能動的に定めること”を指し、これらは身体分節の位置を調整し、課題に対して適切な身体部位と環境間の定位(方向づけ)を行うこととされます。
つまり例えるなら石を積み上げる際に、まずは石それぞれの形状や大きさなどを把握し、それらの位置関係を細かく調節し、風が吹こうが、下が不安定であろうが、その石が崩れないようにしっかりどういった方向づけをしたら良いかを考え積み上げていく作業になります。
そして我々の身体は、これらを普段から無意識かつ少ない筋活動などで制御することで、バランス保持(支持基底面内に重心を留めることで)を可能としており、その姿勢定位を制御するために大きく3つの入力系によってコントロールしています。
その3つは、前庭迷路系・体性感覚系・視覚系になります。
前庭感覚
前庭感覚系とは頭部(内耳)に存在する、回転角加速度の生体センサーである半器官と、重力を含めた直線加速度の生体センサーである耳石器によって構成されています。
これら2つのセンサーにより自己身体に加わる回転や直線運動を素早く感知することで、その変化に応じて崩れを抑制するための反射機構などが存在しています。
体性感覚
体性感覚系は主に表在・深部感覚という2つの側面をもち、それぞれが各身体部位に皮膚や筋肉、関節内に受容器として存在することで、身体分節の位置、固有感覚情報や圧力分布などを検知することで、姿勢保持に関与します。
視覚
視覚系は、目からはいった情報を基に周囲の環境の状態を把握することで、それと自己の体の関連づけを直接的に行える部分になります。
そして重要なことはこれら3つの機能が合わさる(感覚情報を統合する)ことで、自己の身体像を形成し、その身体像に基づき姿勢は定位されます。
その際に、自分の体がどうなっているのかを把握するのに自覚的な垂直を把握(自己身体の軸の形成)することで重要になってきます。
我々が姿勢を保持していく上で、またpushingという現象を理解する上でこの自己身体の垂直軸を形成することは非常に大事で、これらを把握することが自分の体の状態をリアルタイムに認識し、その上で支持基底面の中に自己身体の重心を留めることが可能になるということです。
姿勢保持に重要な自己身体垂直軸とは?
では次にこの感覚機能によって得られた情報からどのように自己身体の垂直軸を把握しているのかをみていきたいと思います。
自己身体の垂直軸の把握とは、すなわち自分がまっすぐ座ってる・立っているからの判断基準になり、姿勢に対して真っ直ぐを判断するための評価方法を知る必要があります。
その評価には
①視覚的なもの
②身体的(姿勢的)なもの
③触覚的なもの
の3つがあり、この判断と姿勢定位には密接に関係があるとされています。
1. 自覚的視覚的垂直位(Subjective Visual Vertical: SVV)
SVVは通常、暗室でひかるロッド(直線的なもの)などを用いて、そのロッドが垂直になったと視覚的に判断したラインが、実際の垂直線からどれほど偏倚しているかを評価するものです。
これは自己身体に対する外部の物体がどの程度真っ直ぐになっているかという視覚的な要素を判断する能力を評価しており、このSVVは主として視覚・前庭系の障害を示唆することが報告されています。
2. 自覚的姿勢的(身体的)垂直位(Subjective Postural Vertical:SPV)
SPVは、前額面上で傾斜できる座位装置を用いて行われ、操作によって座位装置そのものが傾斜することで、姿勢の傾斜を引き起こします。
椅子が左右どちらかに傾斜した状態から、徐々に反対側へ回転し始め、自身の身体が垂直だと自覚した角度と、実際の垂直線との差を評価します。
SPVは一般的に閉眼で、視覚的影響を取り除いた状態で実施されるが、開眼との違いをみることで、視覚以外の知覚要素をみているかを判断する評価にもなっています。
自覚的触覚的垂直(Subjective Haptical Vertical:SHV)
SHVは閉眼で、直線的な棒などの物体を、徒手的に操作し垂直を定位させる課題です。
外部環境である視覚的情報が完全に遮断され、身体部位とは異なる外部の物体定位を評価しており、実際にはSVVやSPVとは一致しない場合もある。
このように自己身体の垂直軸を把握する際には視覚・前庭感覚・体性感覚の3つの側面を把握する必要があり、プッシャー症候群ではどこに問題が生じているのか?そして目の前の脳卒中患者様においてどの部分に問題が生じているのか?を判断することが治療を考える上での初めの一歩となるのです。
では、ここからさらに踏み込んで、プッシャーの患者様は、プッシャーがない状態と比べてどこに問題が生じているのかを、この垂直軸の評価から得られる結果からみていきたいと思います。
pushingにおける垂直軸の問題
ここでは垂直軸の評価からなぜpushingが生じるのかのメカニズムを解釈していきたいと思います。
Karnathら2)はpushingを呈する右半球損傷例(以下、pushing群)と、pushingのない右半球損傷例(以下、コントロール群)のSPVとSVVを調査しました。
その結果、pushing群、コントロール群ともにSVVは健常者群と比べ、有意差はみられなかったが、閉眼状態におけるSPVではpushing群に明らかな傾斜がみられたと報告しています。
そしてこの傾斜は実際に倒れている麻痺側ではなく、非麻痺側であったとのことです(右脳損傷による左麻痺の場合は、身体軸が非麻痺側の右側に傾斜していた)。
つまりpushingを呈する脳卒中患者は自分の身体軸の真っ直ぐが、そもそも非麻痺側に傾いているため、見かけ上真っ直ぐ座っていることに対して身体が非麻痺側に倒れているという認識を持っていることになります。
そのため、それを正中に戻そうとした際には、過度に麻痺側へ傾ける、もしくは非麻痺側で押すことで、自分が真っ直ぐ座っている(立っている)という認識のズレが生じているということになります。
しかし、この研究結果ではさらに、開眼状態で評価することでの身体の垂直軸を評価しているのですが、その際には両群ともにSPVの偏倚はみられなかったとのことです。
これは視覚的な垂直軸による代償が結果的にSPVの偏倚に対しても修正されたことが考えられます。
Pushingがないコントロール群においては、感覚脱出やUSNの合併などがあったにも関わらず、SPVの偏倚はなく正常値であったことから、pushing例においては特異的なSPVの異常が存在し、USNや体性感覚障害は直接的関与が多くないことも示唆しています。
その他にもPerennouら3)の報告にてpushing例やpushing・姿勢偏倚がない脳卒中群、pushingはないが姿勢偏倚はある脳卒中群などを対象にSVV、SPV、SHVを調査した報告があります。
それによるとpushing群では、その他の群に比べSPVの明らかな突出した異常が認められました。
一方でSVVとSHVの偏倚は健常群の範囲を超えていたが、その程度はSPVの偏倚と比べても小さいものであったと報告されています。
ここで着目すべきはSPVが麻痺側に傾斜しているということであり、この背景には実験の際における固定条件等が先行研究と異なることや、発症期間などの関連も考えられるが、どちらにしてもSPVの異常が大きくSPVの傾斜角とpushingの重症度には有意な相関(r=-0.7)がみられることがあげられました。
つまり、pushingを呈するケースにおいてはこの身体垂直軸であるSPVのズレを正しく評価することが重要であり、SVVはSPVに比べ著しい偏倚はないということになります。
pushingにおける身体軸のまとめ
このようにpushingを呈する脳卒中患者の問題点として、なぜ姿勢が崩れているのか、その際に何が問題となり非麻痺側の押す現象が生じているのかを十分把握する必要があります。
その際に重要なのは姿勢崩れの原因を考慮したpushingに対する評価の見方です。
今回はセミナーの中でpushingに対する問題点とそのために必要な評価の視点を7日のセミナーを通してお伝えしました。
気になる方は是非チェックしてみてください!
pushingに関する【評価セミナー】復習動画はこちら!
pushingに関する【治療セミナー】復習動画はこちら!
このSPVの偏倚がなぜ生じるのかについては、障害を受けた脳機能部位を考慮する必要があるため、次回はpushingにおける脳画像においてまとめていきたいと思います(気になる方はフォローよろしくお願いします)。
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引用・参考文献
1)Davies,P.M.(著),冨田昌夫(訳):ステップス・トゥ・フォロー.pp.285-304,シュプリンガー・フェアラーク東京.1987
2)Karnath,H.O.,et al:The origin of contraversive pushing:Evidence for a second graviceptive system in humans.Neurology,55:1298-1304,2000
3)Pérennou DA,et al:Lateropulsion, pushing and verticality perception in hemisphere stroke: a causal relationship? Brain 131:2401-2413,2008