【小説】執行者 #07
第七話:乾杯
エルドラドの調査団、そして三人の勇者達が「調査」を行っているさなか。
地下深く、静寂に包まれた「影の回廊」……その一室ではソファに腰掛けたニル・ブラウが深紅のワインを満たしたグラスをゆったりと傾け、その芳醇な香りを堪能していた。
「毎晩のことながら……この世界の食事はなかなか悪くない」
ニルは、満足そうに口元を拭いながら、テーブルに目を向ける。 今夜も、目にも鮮やかな料理の数々が、白磁の皿に美しく盛り付けられていた。香ばしく焼き上げられた黄金色の雉のロースト、ルビーのように輝くザクロの実を散りばめたサラダ、そして、ほんのりと甘酸っぱい香りが漂う、見慣れない果実を使ったタルト。
「この実はなかなかに美味だな。室田、これは一体何だ?」
ニルはフォークで金色に輝く果実を口に運び、その上品な甘さと爽やかな酸味に目を細める。前世で数々の高級食材を味わい尽くしてきた彼にとっても、異世界の食材は興味深いものだった。
「聖樹の実でございます。ルミナス聖国北部の魔物の巣窟として知られる『嘆きの森』の奥深くに、千年ごとに一度だけ実を付けるといわれる伝説の樹です。かつては、ゴールドランクの冒険者でさえ、命がけで挑むほどの危険な場所だったそうですが……」
室田は丁寧に説明を加えながら、ニルのグラスにワインを注ぎ足す。彼の顔にはどこか誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「しかし勇者召喚が始まってからは、彼らの力によって森の魔物たちも討伐され聖樹の実も以前より容易に手に入るようになったそうです。流石に千年に一度では無くなりましたが坊ちゃんのお口に合ったようで、何よりでございます」
「なるほど。勇者が来なければ……この美味を味わえなかったというわけか」
ニルは静かに呟きワインを口に含む。それは、エルドラド共和国産の「太陽の滴」という、黄金色に輝く白ワインだった。柑橘系の爽やかな香りと、蜂蜜のような甘みが、口の中に広がる。
「しかし……生臭坊主は異世界でも変わらずか。こんなものを食べていると信者たちが聞いたら卒倒するんじゃないか?」
ニルの皮肉めいた言葉に、室田は静かに微笑む。
「まあまあ坊ちゃん。欲深い聖職者というのは洋の東西を問わず、よくある話でございますよ」
「強欲と偽善、権力への執着……人間の本質はどこまでも変わらん」
ニルは、達観したように肩をすくめる。彼は、前世で、権力者の醜悪さを嫌というほど見てきた。裏切り、陰謀、そして血で血を洗う争い……
「ところで、室田。我々にも教皇や聖女と同じ飯を出せと言ったのも悪く無い判断だったようだな」
ニルは、いたずらっぽく室田に視線を向ける。
「ワインセラーもティーコゼーもそれは良いものでして……」
室田は、少しバツが悪そうに答える。ニルは、その様子を見て、思わず笑みをこぼす。
「各地の教会からレイブン殿が集めてきた報告によると、エルドラドの勇者たちはみな子供、学生か」
「ええ、日本では高校生だったようですな。楠大和(くすのきやまと)は詳細は不明ですが【無双剣(ファントムブレード)】そして櫟蓮(くぬぎれん)の【魔力弓(アークエンチャント)】は魔力を帯びた矢を放ち、必ず標的に命中させるとか。威力は言うまでもなく」
ニルは、興味深そうに室田の説明に耳を傾ける。 いざ相対したとき脅威になり得るのだろうか。顎に手を当てながら尋ねる。
「他に気になる勇者はいるか?」
「ええ。グランドール帝国の勇者、マルクス・ユリウス・クラウディウス。彼の【魔力吸収(マナドレイン)】は、相手の魔力を奪い、自分の力に変換できる恐ろしい能力だそうです」
「なるほど……スキルに影響するかは興味深いな。他には?」
ニルは、鋭い視線で室田を見つめる。
「ジークハルト王国の勇者、ジークフリート・アルブレヒト・フォン・ハプスブルク。彼のスキル【神聖剣(エクスカリバー)】は、ルミナス聖国の聖女アリシアの持つ力と拮抗するのではともっぱらの噂でございます」
室田は、少し興奮気味に説明を続ける。
「ミストヴァレー公国については、情報がほとんどありません。独自の文化で教会が入り込めていないらしく、行商人や宣教師となり情報を集めているとか。彼らの勇者、レンは【次元魔法(ディメンションマジック)】の使い手らしいですが、詳しい能力や性格は不明です。霧に包まれた神秘の国…彼らの動向には、注意が必要です」
ニルは、腕組みをして考え込む。 各国の思惑、勇者たちの能力、そして世界のマナ枯渇……混沌とした状況は、世界地図の上にまるで意識を持った玩具が自由に動いているよう。
「エルドラド共和国は、他国の勇者に対抗するために、今回の大規模な勇者召喚に踏み切ったようだな。しかし、皮肉なことに、そのせいで彼らは新たな問題を抱えることになった」
ニルは、静かに語りかける。
「榎戸慶太、例の勇者くずれのことですな。彼は、【二重奏(デュエット)】というスキルを持ち、二つの属性の魔法を自在に操ることができました。しかし、他の勇者たちに比べて能力が劣るとされ、劣等感を抱いていたそうです」
室田の言葉にニルはかつて自分が始末した榎戸慶太のことを思い出していた。 使い方によっては強力なものにできただろう。若さゆえの浅慮、そう考える。
「エルドラド政府は勇者たちを厳しく監視し、制御しようとしているようです。しかし、まだ若い学生たちの事です。それがさらに反発を生み、新たな混乱を招く可能性もございますね」
ニルは、不敵な笑みを浮かべる。
「街に来ている三人の勇者についても情報を纏めておいてくれ、また『神隠し』に遭うだろうからな。エルドラドも大変だろう」
その言葉を聴くか否か、室田は資料の中から一枚の紙を取り出しニルに手渡す。
「相変わらず流石だな。それと、レイブンにはくれぐれも無理をしないように伝えておけ。クク……あの男もすっかり苦労人だ」
「かしこまりました。レイブン殿にもまたクッキーを焼いて差し入れするとしましょう」
室田は静かに微笑み、ニルは満足そうに頷く。彼は冷酷な一面を見せる一方で、人心の掌握にも長けている。力を持つことは周り全てを敵にするのとは違うことを理解している。
そして空になったグラスを一瞥する。
「室田、ウニコを開けてくれ。乾杯しよう、エルドラド公国、そしてこの世界の更なる混沌に……」
【拠点の設備】
- 安物のソファ
- 安物のベッド
- 安物の書斎机とパイプ椅子
- 魔法の照明
*上記4点は女神からの支給ポイントで交換
- ワインセラー(温度と湿度を自動調整する魔道具付き)
- 現在のコレクション:
- シャトー・マルゴー2015年(1本)
- ベガ・シシリア・ウニコ(1本) #1本消費
- ルミナス国産赤ワイン
-帝国産赤ワイン
-エルドラド産白ワイン
- 絵画:モネの「睡蓮」レプリカ(F20号サイズ)
- ソムリエナイフ:シャトー・ラギオール シルバーコーティッド
- ワイングラス:バカラ パッション(4脚)
- 異世界素材の超高級ティーコゼー
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