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【小説】執行者 #06

第六話:胎動

エルドラド共和国の首都ローレンツィアでは、国家安全保障最高会議が開かれている。
ルミナス聖国から戻らない二人の勇者陽向と葵、そしてフォックス率いる使節団への対処が焦眉の課題となっていた。

会議場には、国家元首マクシミリアン大統領をはじめ、閣僚やエリート将校らが集まっていた。重々しい空気が漂う中、緊張感に満ちた面持ちの一同。

「陽向君と葵君一行が行方不明になってから早くも10日が過ぎたな。ルミナス聖国で何かが起きたのか、懸念している榎戸と鉢合わせたのか……この事態を重く受け止めねばならん」

マクシミリアンが冷厳な口調で切り出す。年齢を重ねた威厳ある声は、事態の深刻さを物語る。
そして副大統領のイザベラが知的な物腰で言葉を継いだ。

「最悪の場合ですが、ルミナス聖国との武力紛争に至る事態さえ想定せざるを得ません。しかし、今の時点では無闇な武力行使は控えるべきでしょう」

イザベラの戦争までを視野に入れる冷静な分析に、周りからは次々に意見が飛び交う。

「遠距離からの攻撃は聖女アリシア殿下の【護国】を突破するのは困難かと」

「まずは我が勇者たちの生命を何よりも優先すべきではありませんかな」

「いや、事態をあまりにも先走りすぎてはなりませぬ。冷静さを欠いた行動は、かえって損失を生むだけです」

「ルミナスは基本的に専守防衛、榎戸君が集団で一行を襲った可能性は無いのでは」

まさに喧喧諤諤。それぞれの意見が飛び交う中、マクシミリアンが力強く提案した。

「では!小規模ながらも強力な部隊を編成し、ルミナス聖国へ派遣するのがよかろう。榎戸のスキル【二重奏】は広範囲に強力な攻撃を放つ。この魔法や他、取り巻きの可能性!十分な対策を立てるように!」

この案に一同は納得の表情で頷いた。敵の様々な戦術を想定した上での、慎重な行動が不可欠だと考えられたのだ。

「確かな実力を持つ勇者を選ぶ必要があります。訓練の成果を見せてくれたまえ、ヴィクトル殿」

イザベラが促す。ヴィクトル・ガーデニアは50台前半で白髪の短髪、いかめしい表情をした国防軍のトップとなる大将である。

「多対一も想定する。椿咲良(つばきさくら)、槻蒼太(けやきそうた)を。そして二人の守りは桜沙織(さくらさおり)……練度を考えると連携は3人が限度だ」

飾り気のないヴィクトルの端的な言葉に一同は頷く。

【風刃(ゼファーブレード)】椿咲良、遠距離から風の刃を放つ。先のアークヴェイルへの使者としての実績もある明るい少女。

【雷撃剣(サンダーボルトエッジ)】槻蒼太、剣に雷を纏わせ、切れ味と攻撃範囲を大幅に高める。更に感電による絡め手も持つ真面目な少年。

【反射バリア(ミラーフォース)】桜沙織、懸念される榎戸の広範囲魔法を防ぐことができる力を持つ心優しい少女。

三人、そしてそれぞれ選抜の理由は誰もが納得できるものであった。

蒼太は陽向や葵のこと案じている中、強い感情が沸き上がってくるのを感じていた。
(榎戸……何があったかは分からないが、もし二人に何かしたとしたら許さない!)

咲良は風刃使いの技量を自負する一方で、前回の働きに問題がなかったこと、そして明るい性格から今回の事態を軽く見る傾向にあった。
(私の風刃なら、今回の任務くらい朝飯前よ。でも、本当に榎戸にやられちゃったのかな?陽向君や葵ちゃんの無事を確かめるのが第一だわ)

明るさと不安が入り交じる複雑な心境。しかし、それでも仲間の安全を何よりも優先すべきと割り切っていた。

沙織は優しい。だが優しさだけではなく強い心を持つ。彼女は重要な役割を与えられたことを誇りに思っていた。
一方で、憂慮すべき事態も頭をよぎる。
(榎戸さんがこの事態の黒幕なのかもしれません。でも、分かり合えないのでしょうか……)

かつてクラスメイトだった榎戸への思いが、沸き上がってくるのを感じていた。
決して目立つ存在ではなかった。常に一人、そんな彼の人となりを思えば、この事件の首謀者と考えるのは難しかった。
(孤独な榎戸さんが道を踏み外したのは事実かもしれません。でも…………)
そんな複雑な心境の中で、沙織は任務に思いを馳せる。

だが周囲の者が、彼女に大きな期待を抱いていることを意識するにつれ、使命感に満ちた表情を見せるようになっていった。

やがてリヒャルト公爵の元に集結した一行は、出発の時を迎えた。
リヒャルトは勇者たちを見渡すと、力強く最後の言葉を発した。

「我らの目的は、あくまで平和的解決にあるのだ!しかし、武力の威嚇を無視するわけにはいかん。いかなる事態が待ち受けようとも、臨機応変に対応できる胆力が肝要!」

リヒャルトの重みのある言葉に、一向は改めて緊張の面持ちを見せる。事態の重大さを改めて実感していた。

かくしてエルドラド側の部隊は、ついにルミナス聖国への旅立ちを果たしたのだった。​​​​​​​​​​​​​​​​

***

ルミナス聖国の大広間には、重苦しい空気が流れていた。
グレゴリウス7世やアリシア、そして枢機卿たち。

不穏な出来事が存在していることは、誰の目にも明らかだった。

「エルドラド共和国の使者、この僅かな期間に二度目の訪問と申すか」

グレゴリウスの言葉に、一同は身を引き締める。
教皇が事態の深刻さをあれほど力説するのは、並々ならぬ重大事態の兆しだった。

アリシアが静かに口を開く。

「先の対応に納得がいかなった点があったのでしょうか。我々は盗賊団についての顛末を伝えていません。それに、陽向と葵さんにもしかしたら何かあったのかもしれません……」

アリシアは今回の使者団の訪問の意図を的確に分析していた。

「エルドラドの使節団め! 我らが慈しみ深き聖女様の御許へ再び突然の訪問とは!烱々たるルミナス騎士団の剣に、貴殿らの企みを散々と打ち砕かせてくれまする!」

上位枢機卿、サンフラワーは檄を飛ばす。60台前半、太った体つきで情熱と冷静を併せ持つ枢機卿のリーダー的存在。

「ほぉ、ほぉ……エルドラドの公爵様とな。ルミナス聖国は、あくまで平和を希求する国。盗賊の討伐など騎士団にとっては瑣末なこと。重く見積もる必要は全くござらぬ」

上位枢機卿オーキッドは50台後半、外交の要だ。スリムな体型、そして知的で老成された表情から読み取れるものは少ない。

「では二人の安否、そして盗賊団について問われることを考慮する。使節には見えている事実のみ、つまり祭の際に盗賊団が現れ、それを騎士団が討伐したことのみ説明するとしよう。例の若き頭領の人相書きをここに」

グレゴリウスがそう宣すと、大広間の扉が開かれた。

ルミナス騎士団に引き連れられたリヒャルトとともに使節団一行が、大広間に足を踏み入れる。
険しい表情と武装した護衛の勇者たちの姿に、ルミナス側の面々も警戒心を解く様子はない。

「教皇殿下。この度は『再び』御邦にお邪魔する次第でございます」

リヒャルトが一礼して言葉を発した。
前回の使節団が到着したことの確認を兼ねた発言。

「そして端的に申し上げます。陽向と葵二人の勇者が、そしてフォックス率いる使節団が我が国に戻ってきませぬ。彼らの生存の確証をこの場で明かしていただきたく存じます」  

貴族らしい、そして傲慢なリヒャルトの言葉に、グレゴリウスは眉を顰めつつも、アリシアに言葉を促した。

「アリシアよ。お主こそ聖女にして、民の希望なる存在。対応については、聖女の御心得次第」​​​​​​​​​​​​​​​​

グレゴリウスの狙いは明白、外交の要枢機卿オーキッドでも、大司教オーク・ソラリスではなく聖女の発言力を利用する。

「分かりました。正直に申し上げましょう」

アリシアは軽く会釈すると、一歩前に出てゆっくりと語り出す。
彼女の様子にリヒャルト一行は身を引き締める。
ルミナスの出方、これは事の重大さを表す。そしてエルドラド側にも改めて真摯な対応が求められていると。

「陽向様と葵様、ほか使節団の皆様が貴国へお戻りにならぬ点、女神ルミナ様も深く御心を痛めるでしょう。我々も無事を祈っております。残念ながら私たちも詳細を把握しておりません」

アリシアはそう切り出すと、リヒャルトの表情がわずかに曇った。
その様子には一瞥もくれずアリシアはさらに続ける。

「皆様に関係のありそうなお話……そう、豊穣祭の時です。つまり前回の貴国の訪問前の話です。盗賊団による略奪事件が発生したこと、そして騎士団により討伐された者の中に若き頭領が。葵、陽向と同じ年頃の。」

アリシアがふわりと手を掲げる。ルミナス騎士団長ローレル・エバーグリーンが厳しい目つきで睨みつける。そしてがちゃがちゃと鎧を鳴らしながらリヒャルトの元へ歩を進める。
手渡された人相書き、彼が見たそれには猫背の若者の姿が描かれていた。

リヒャルトの眉根が寄る。エルドラド側には盗賊団の動きについては諜報が入っていなかったからだ。
(なぜ我々の情報にはなかったのか? 人相書の存在さえ把握していなかった)

リヒャルトは毅然とした態度でさらに踏み込んだ情報開示を求める。

「その盗賊団の頭領が『殺された』時期をお聞かせ願えますかな?」

討伐、しかし捕らえたと殺したでは意味が異なる。あくまで二人の勇者と盗賊団の関係を探ろうとしている。

(リヒャルト公爵は、敢えて分かりきった質問をしている……)
アリシアはリヒャルトの考えを汲み取った。

ここで漸くオーク・ソラリスは低い声でリヒャルトへ言葉を放つ。

「時期については先に聖女様から申し上げました通り、二人の勇者がこちらに来る前の話。つまり、直接の関係はないと考えるのが自然であろう。大司教の私としてもそう判断せざるを得ませぬ」

オークの言葉に、リヒャルトの眉根に皺が寄る。すぐに元に戻し嘲るように反論する。

「その頭領……腐っても勇者。まさか、まさか貴国にて匿っているなとということはございませんでしょうな?特に貴国はこの戦乱の世で護りの聖女しか居りませんからな!」

リヒャルトの芝居がかった不遜な態度、広間の空気が張り詰める。

「ふふふ、皆様お怒りのご様子。ならばルミナス聖国領内で『三人』の行方を詮索したく存じます。そして調査には我々の安全を期すため、今回の使節団に加え我が勇者たち三人も付けさせていただく」

リヒャルトはあくまで強気の姿勢で事態の解決を図ろうとしていた。無実ならばこちらに調べさせろと。

オーク・ソラリスはあくまで冷静に妥協点を示す。

「よかろう、それでは私から提案させていただく。冒険者ギルドから『金級』を二人派遣する。勇者と調査団を残すなら貴殿の帰国の護衛も任せられましょう。

オークの言葉に、リヒャルトは静かに頷いた。  
そしてグレゴリウスが言葉を継ぐ。

「人手が足りぬなら冒険者ギルドとも連携し、できる限りの調査をなさるが宜しい。ただし『勇者が消えた』などと申す貴国までの道のり、その調査であれば……恐らく積極的な同行は叶わぬであろう」

この提案にリヒャルトは再び頷き、大広間を退出した
(さすがにこれ以上の譲歩は難しいか……)
こうして使節団一行は、ルミナス聖国領内での滞在および調査の許可を得たのだった。

そしてリヒャルトは一人の使者に指示を出す。
「エルドラド本国の情報部に、調査の経過を随時報告するよう伝えろ。そしてこの国で起こった盗賊団の事件について早急に報告するように」と。

***

エルドラドからの使者が到着する数日前。
ルミナス聖国の地下深くに位置する「影の回廊」その一室にて執事の室田が一人静かにワイングラスを傾けている。

そこへ現れたのルミナス聖国の暗部「シャドウ・セントリー」の局長、レイヴン・アッシュウッド。無駄のない動作で室田に向かい合うように腰を下ろす。

「お待ちしておりました、レイヴン局長」

「ムロタ殿、お呼びとあって参りました。ブラウ氏はご不在のようですが」

「はい、坊ちゃんはお出かけになっておられます。その間にこの国、特にワインのことについて伺いたく。老い先短い私の唯一の趣味でございまして」

室田の言葉にレイヴンが興味深そうに目を細める。

「ワインですか。確かに教会の収入源としても重要な品ですからな……」

席を外すレイヴン。しばらくすると手に3本のワインを抱え慎重に運んでくる。

「こちらは、ルミナス聖国北部の特級畑で収穫された『ブラッドベリー』を主体としたフルボディ。力強い果実味とスパイシーな風味が魅力です。ちなみに収穫時血のように赤くなることからブラッドベリーの名がついたそうです」

レイヴンは深紅のワインをグラスに注ぎながら説明する。

「そしてこちらは帝国産のブラッドベリーで作られたものです。帝国は山脈に囲まれた内陸性気候により、ブドウが完熟するまで十分な光と熱が与えられるのです」

もう一方のグラスにもワインを注ぎながら続ける。

「ブラッドベリーを発酵させる際、若い尼たちが桶の中で実を踏みつけるのです。彼女たちの純粋な魂が、ワインに神聖な力を宿すと信じられているのです。先に豊穣祭がありましたがその頃に行われるのです」

「なんと興味深い話」

室田とレイヴンは、各国の教会での神秘的な製法に思いを馳せる。

「ムロタ殿、白ワインのほうはいかがですかな?」

氷が浮かんだワインクーラー、ちょうど飲み頃の温度になったようだ。

「白ワインのほうは、エルドラド共和国の銘醸地で造られた『ムーンドロップ』を使用しています。青白い月の光を思わせる淡い色合いと、柑橘系の爽やかな香りが特徴です」
「ムーンドロップ、なんともロマンチックな名前ですねぇ」

レイヴンが説明すると、室田は興味深そうに頷く。

「この品種は、満月の夜にだけ収穫されるのです。月の恵みを最大限に受けた実は、透明感のある味わいを生み出します」

レイヴンと室田は、ワインを通して各国の文化的背景を語り合う。

「ところで、ブラウ氏の力、相当のレベルに達していると見受けますが」

軽やかな会話が弾む中、ふとレイヴンが切り出した。

「坊ちゃんのレベルは、おそらく30は超えているでしょう。身体能力の面だけで言っても冒険者でいうゴールドランクに匹敵するでしょうねぇ」

「勇者、ブラウ氏も同じく三倍の速度で強くなられていると……つまりレベルは90相当と言うことですな」

レイヴンが思わず息を呑む。冒険者ギルドのランク付けは、レベルとある程度連動していることが知られている。
室田はワインのせいか、それともニルを自慢したいのだろうか饒舌になっている。

「技術的な面でも申し分ありません。坊ちゃんの戦闘能力は、ルミナス騎士団の精鋭をも上回るでしょう」

「まさか教会の切り札たる上級騎士(シニアナイト)でさえ……彼らの本懐は単独での行動ではなく組織化された集団戦闘ですが……」

「彼らのレベルは80から90程度。レベルだけで言えば坊ちゃんと同じくらいの強さと見えますが、ふふ、まず歯が立たないでしょうな」

室田の言葉に、レイヴンは複雑な表情を浮かべる。このまま放置して良い者だろうか、彼は物憂げに並んだワインボトルを見つめていた。

***

一方その頃ルミナス聖国北の深い森の中。しん、と静まりかえった開けた場所の岩の上。ニルは目を瞑り思考を加速させる。思考はさらなる深みへと導かれていた。

(聖女が使う治癒の力。治癒、つまり傷を消すこと。傷ついた細胞を取り除き、活性化した細胞が分裂、元に戻っていく速度を加速させることで説明がつく。)

(ただしそれは『元の状態に限りなく近づけること』に過ぎない……「消失」の力は怪我をしたという事実そのものを消すことも……)

ニルは自らに問いかける。
物理的な傷を癒やすだけでなく、そもそも『傷ついた』という現実を書き換えることも出来るのではないかと。

彼の脳裏に、新たなな可能性が浮かび上がる。
そしてカッと目を開ける。新たな力への確信と、揺るぎない意志が宿っていた。

ニルは更なる森の奥へと歩を進める。
彼の周囲では、まるで彼の意思に呼応するかのように、魔物たちの気配がざわめいていた。

【拠点の設備】
- 安物のソファ
- 安物のベッド
- 安物の書斎机とパイプ椅子
- 魔法の照明
*上記4点は女神からの支給ポイントで交換
- ワインセラー(温度と湿度を自動調整する魔道具付き)
- 現在のコレクション:
  - シャトー・マルゴー2015年(1本)
  - ベガ・シシリア・ウニコ(2本)
 - ルミナス国産赤ワイン
 -帝国産赤ワイン
 -エルドラド産白ワイン
- 絵画:モネの「睡蓮」レプリカ(F20号サイズ)
- ソムリエナイフ:シャトー・ラギオール シルバーコーティッド
- ワイングラス:バカラ パッション(4脚)
- 異世界素材の超高級ティーコゼー


↓つづき

↓第一話

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