地獄を見てるのかと思った。
地獄を見てるのかと思った。
2021年9月、あたしは途方に暮れていた。
事の起こりは
1年半勤めていた会社を辞めて「うちで働かないか?」と声を掛けてくれた会社へ2週間後に入社するため
さあ、年休をのんびりと過ごすぞ。何をしようかーと思っていたところ。
そうだ、行ってみたかったお店があったんだっけ。
安くておいしいステーキの店
廃校を利用したタルトとバーガーがおいしい店
なかなか子連れではいけないパフェ専門店
友人が「あそこの蕎麦は冗談抜きで美味い!」と言っていた道の駅
そうそう、髪を染めよう。
インナーカラーでかっこよくしたいな、うちの妹みたいに。
色々な予定、やってみたいことをコンプリートしよう。
これではやりたいことが色々ありすぎてまとまらない。
ようし、この間買ったStar Plannerの手帳に予定を書こう。
わくわくするぞ。
まずは明日
《洗車してそのあと有名な神社へお参りして、抹茶パフェを・・・》
ああ、こんなにたのしいことが盛だくさんで
さらに2週間後には今までよりいい会社で、自分の力を発揮して正当に働けるだなんて
あたしはなんてツイてるの。
めちゃくちゃ運がいいんだなぁ。
手帳に1週間分の予定を書いて
それを眺めては充実した気分を味わい、喜びをかみしめて
その日は眠りについた。
翌日。
「9月入社予定の人は内定が取り消しということになった」
入社予定の会社の方に呼び出された先で
あたしはかつ丼をほおばりながらその報せを聞いた。
あたし、目が点。
「これは聞こえる人も聞こえない人もどんな役職の人も関係なく、9月入社予定の人は延期ということになったんだ。延期ならまた時期が来たら入社できるかと言われたら、100%の保証はできない」
ほう。そうか。
ーこれからどうなるのか
そもそもこれはどういうことなのか
嘘なのか
本当なのか
どんな声で話せばいいのか、どんな表情でいればいいのか
頭の中がバグを起こす。
「じゃあ…わたし、あの今から市役所行ってきます。
どうしたらいいのか
どうなるのか……その、聞いて みます」
顔面バグのままあたしは席を立ち、この事実を伝えるためだけに
本社からわざわざ遠方に来てくれた会社の人に、地元で買ったお菓子を渡し
気づいたら家の方面に走る地下鉄に乗っていた。
「9月はニート?」
「生活費はどうするの?」
「どうしよう貯金ないよ」
「どうやって生活したらいいの?」
「おちつけ、おちつけ」
「なんでこんなことに?」
眉間から力が抜けない。
どうしよう
どうなるんだ
それしか出てこない。
毎日通勤で通っていた車窓の景色が、本当にいつも通りに過ぎていく。
平日の昼間。人がまばらで窓の外がとてもよく見える。
夏が終わりに近づいてるとはいえ、新緑がまだまだ晴天に眩しい。全く同じ路線で通学してた高校時代に見つけた《めぞん一刻》という名のアパートもまだ健在だった。
向かいの座席に目を落とす。
2人の子どもをひとりで育てているシングルマザー
そして、世間ではいわゆる「障害者」と呼ばれる立場
ろう者のあたし。
マイノリティ性半端ない。
今の状況が呑み込めない。
あたしは
どんな顔でいたらいいのか、わからないまま、終着駅に降り立った。
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