地獄を見てるのかと思った(10)
「すみません。仕分けアルバイトの面接に来たのですが───」
自分では大きな声を張っているつもりだ。
他人にどう聞こえているのか全く分からない。
「すみません──」
《アルバイト面接はこちら》という張り紙がある
バックヤードらしき部屋で机を囲んで談笑している数人に向かって
あたしは声をかけていた。
なかなか気づいてもらえないようだ。
もしかしたら周りがうるさくて、声がかき消されてるのかもしれない。
と思いきや、その中の一人がこちらを見た!
・・・・が、背を向けられてしまった。
居るのは気づいてもらっているのね・・・。
さてどうしたものかなと思い、あたりを見回した。
同じアルバイトの面接に来ているような人は見当たらない。
面接の約束の時間が迫っている。
「どうなっちゃうんだろう」とちょっと焦ってきた
そのとき
男性が声をかけてきた。
おそらく面接の担当の人なのだろう。手には書類を持っていた。
男性の目はこちらを見て、マスクがもごもご動いている。
あたしは
「すみません、耳が聞こえないのでこちらに向かって話しかけていただけますか」
と、男性に音声認識アプリを立ち上げたスマホを向ける。
男性は、スマホに話しかけるそぶりもなくこちらをじっと見つめてきた。
マスクによって口元が見えないので、話しているかどうかはあたしにはわからないが
しかしスマホは、男性の独り言を捉えていた。
「あ、はい。ほとんど聞こえていません」
”──けど、あなたが何を話しているのかを理解しようという努力は惜しみません”という気持ちを表現すべく、目に力を入れ、うなずきをつけながらあたしは声に出した。
男性は手招きをして、窓の外を指さした。
そこでは荷物を積んだフォークリフトが走っていて、人もせわしなく荷物を運んでいた。
男性はスマホに顔を近づけた
スマホに文字が入力されていく。
ス───…
首の後ろにじんわり冷たいものが通った。
のどを見えない何かに押さえつけられているかのような圧迫を感じ
モウ、ヤダ。
あたしは頭の中で叫んだ。
音を伝える風船のように、後頭部がぶるぶる震える。
「そうなんですね。承知いたしました。失礼しますありがとうございました」
あたしは男性の顔も見ずに踵を返す。
そのとき目線を落とした先の
男性が手に持っていた履歴書の最終学歴に「同志社大学」と記載されているのが、さらっと見えた。
何度履いても慣れないパンプスで足早に歩く。
ショックでたまらなかった。
聞こえないって伝えた。
それを承知でメールで連絡を取ってきたのでは。
なのにこれはないんじゃないの。
言語化するならこんな気持ちで、建物を出た。
帰るや否やスーツも脱がず、ふとんにダイブする。
色々なことが上手くいかない。
「ミミガキコエナイ」 それだけで。
こういうことが6,7件。
聞こえないということは、そんなにいけないことなのだろうか。
子どもたちが返ってくるまでには気持ちを落ち着かせていないと。
仰向けになり目を閉じて深呼吸を繰り返した。
※※※
数日後
その会社からメールがあった。
「高梨様
仕分けアルバイトのご応募いただいたかと思いますが
いらっしゃらなかったので、再度面接にいらしてください。
面接日程は───」
あたしは
面接に足を運んだこと
耳が聞こえないことを伝え、面接日程の調整や持ち物の連絡を取っていたにもかかわらず聞こえないと危ないと言われたことを伝え
「面接には伺うことはありません」と返信した。