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隣のおばちゃん

「ごきげんですね」
よく晴れた日、ベランダで洗濯物を干しながら歌っていると、お隣のおばちゃんがついたてから笑顔でのぞき込む。

私は2歳の頃からずっと団地で暮らしていた。
隣には老夫婦が住んでいた。
奥さん(隣のおばちゃんと呼んでいた)は都心の方に出かけて、よくお土産にお菓子をくれた。小さい頃は、家の鍵を忘れたとき待たせてもらったり、手作りのお人形をもらったりもした。
大人になってからはそんなに頻繁にやりとりはなくなったけど、外で会った時には、いつもニコニコして接してくれた。


あるとき家に帰るバスの中でおばちゃんらしき人を見かけた。
いつもニコニコしているので、真顔だと別人のようだ。なんとなく声をかけそびれてしまったが、バスを降りた後、おばちゃんから声をかけてくれて、家まで一緒に歩いた。
今日は浅草に行ってきたらしい。
「今度一緒に行きましょうね」
初めてそんな風に誘ってくれたのでうれしかった。
ちなみに私たちの住んでいるのは5階で、エレベーターがないので階段だ。
(ちなみに、毎日のことなので慣れているけど、うちに来る人はみんな息切れしながら登る。)

4階を過ぎて、あと一息というところで、おばちゃんの足が止まった。
そっか。小さい頃からおばちゃんおばちゃんと呼んでいたけど、もうれっきとしたおばあちゃんだもんな。5階はきついよね。。。とぼんやり思った。



数日後おばちゃんは脳梗塞で倒れて、その後ほどなくして亡くなった。



葬儀はどこかの会場で行われ、わたしも行きたかったけど両親だけがお葬式に行った。なんだかまるで実感がなかった。




ある晴れた日、洗濯物を干しながらいつの間にか少し大きめの声で歌っていて、ふと
(あっ、また隣のおばちゃんに笑われちゃう)と思った。
でも次の瞬間気がついた。あ、もうおばちゃんいないんだった。

このときやっとおばちゃんがもういないことが心に落ちて、ひとりベランダで泣いた。


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