ペットの予防医療〜狂犬病ワクチン〜
はじめに
今回からは犬と猫の予防医療についてお話ししていきます。
ペットの予防について、皆さんが思い浮かべたり、実際に病院で行っていたりするものは、狂犬病ワクチン、混合ワクチン、フィラリア予防、ノミダニ予防でしょう。
しかし、その予防が具体的にどんなものであるのか、そのワクチンや予防薬がどのようなものかはご存知でしょうか?また、「これって本当に必要なの?」「毎年/時期を守って 実施する必要はあるの?」という疑問をもたれている方もいるのではないでしょうか?
それでは、今回は犬の予防、「狂犬病ワクチン」について解説し、こうした疑問へお答えしていきたいと思います。
そもそも狂犬病ってどんな病気?
狂犬病は「狂犬病ウイルス感染」によって引き起こされます。このウイルスは犬や人だけでなく、すべての哺乳類に感染します。アジア諸国では、狂犬病にかかった犬にかまれて人に感染するというルートが主で、1~3カ月の潜伏期間(病原体に感染してから、初めての症状が見られるまでの期間)を経て症状が現れます。死亡率はほぼ100%。大変恐ろしい病気です。
どんな症状がみられるの?
犬では暴れたり、意識障害が起きたり、よだれを垂らすなどの神経症状が見られます。
人では初期は発熱、倦怠感などのかぜのような症状が見られ、進行すると神経症状、呼吸困難などが見られます。また、狂犬病には「水を恐がる」というイメージがあるかと思いますが、これは飲水時に筋の痙攣が起きることにより、水を恐れるようになることに由来します。
治療法はあるの?
発症、つまり上記のような症状が現れてしまった後は、残念ながら治療法はありません。人が犬などにかまれ、狂犬病に感染した可能性がある場合は、「暴露後免疫」によって発症を抑えることができます。
暴露後免疫は、字のとおり暴露(ウイルスが体内に侵入する)後に免疫をつける、つまり「かまれた後にワクチンを接種すること」を意味します。かまれた後はなるべく早く接種し、またその後も複数回接種する必要があります。
狂犬病って日本では聞かないけど、現代で実在する病気なの?
発生のない国を清浄国といいますが、日本、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスなどごくわずかです。それ以外の150以上の国や地域では発生が認められていて、インドや中国などアジアが特に多くなっています。年間で実に約5万人が狂犬病で亡くなっていて、決して昔の病気などではないのです。
どうして今の日本には狂犬病発生がないの?
第一次世界大戦や関東大震災、太平洋戦争といった、戦争や災害などで世の中が非常に不安定だった当時の日本では、狂犬病が大流行していたという記録が残っています。
しかし、1950年に制定された狂犬病予防法により、犬の登録、犬へのワクチン接種などが義務付けられました。その結果、1957年以降、国内での狂犬病の発生は認められなくなりました。
また、多くの清浄国で共通することなのですが、日本が「島国であること」も狂犬病の清浄化に一役買っています。地続きの国がないため、狂犬病ウイルスをもった動物が入り込みにくいのです。また、水際での検疫により海外からウイルスの流入がブロックされているのです。
狂犬病予防法について教えて!
犬を飼ったら、お住いの区市町村に登録することが義務づけられています。登録を済ませると、区市町村から狂犬病ワクチン接種の案内が毎年届くようになります。
接種は1年に1回で、かかりつけの病院やお住いの地域の集合接種などで打つことができます。この時期に打たないといけないという期間はないのですが、4~6月を狂犬病予防注射月間と設定している自治体が多くあります。ワクチン接種をしないと、20万円以下の罰金刑が科される場合があります。手続き後に、病院あるいは役所からもらう鑑札と注射済み票は、犬の首輪などにつけましょう。
しかし、狂犬病ワクチンで重い副作用が出たことがあり、今後の接種で健康被害や命に危険を及ぼす可能性がある場合や、持病などの理由で獣医師から「狂犬病予防注射猶予証明書」を発行してもらった場合は、接種しなくてよいというケースがあります。
おわりに
いかがでしたでしょうか。大変恐ろしい狂犬病の予防のために、法律を守ってしっかりワクチンを打っていきたいですね。
しかし、「日本では狂犬病がないのだから、接種しなくてもいいのでは…?」という疑問をもつ方もいらっしゃるかもしれません。接種しないことは法律違反にあたることに加えて、ここでは違った切り口から狂犬病ワクチンの必要性について補足したいと思います。
WHO(世界保健機関)のガイドラインでは、ウイルスが国内に侵入したときにその蔓延(まんえん)を防止できる目安は、ワクチン接種率70%とされています。しかし、公益社団法人日本獣医師会の推定では、日本の接種率は約40%であるというデータが出ています。つまり、狂犬病ウイルスが流入してしまったとき国内で広がってしまう危険性がある、ということになります。ウイルス拡大を防ぐためには、一人一人がワクチン接種の義務を果たすことがとっても重要なのです。
たくさんのかけがえのない命を、みんなで守っていきましょう。
(執筆:獣医師 早坂光春)