たのしい位相語
位相語としての「慫慂」
先日、Twitterで(ツイッターの話題しかない人生、嫌すぎる)「佐賀駅でご旅行の中止を慫慂されました」というツイートが話題になっていた(よそさまのツイートに勝手にリンクを貼っていいものなのかわからないので貼らない)。
自分がわずかながら知っていた「○○(人名)の慫慂によって△△(行動)した」という用例から、何となく「ある人の強い勧めによって何かをする」くらいの意味だと思っていたけれど、実際に慫慂する/されているところを見たので驚いた。
『精選版日本国語大辞典』にはつぎのようにある。(以下、辞書の引用は断りの無い限り『精選版日本国語大辞典』による)
しょう‐よう【慫慂】
〘名〙 (「慫」も「慂」も「すすめる」の意) そばから誘い、すすめること。
「慫」も「慂」も「慫慂」という語でしか見たことがない漢字だな…
調べてみると、「慫慂」という語は鉄道業界の用語でも「強くすすめる」という意味で使われているようで、今回の「ご旅行の中止の慫慂」のように、不慮の事故や災害によって列車の運行が停止した際、乗客に対しての払い戻しまでを含意する語らしい。
更にもう少し調べてみると、鉄道会社に限らず「慫慂」は官公庁などで使われるフォーマルな語のようだ。
たとえば国税庁ホームページでは納税申告制度について、
国税が滞納となり、督促状による督促をしても、更に納付しょうようを行っても、なお納付されない時は、財産の差押えなどを行います。(https://www.nta.go.jp/about/introduction/torikumi/report/2005/04_4.htm)
とある。これを読む限りでは督促→慫慂なのかな。だとすると最終警告に近い重い響きがある言葉だ。
自分はこのような語の特殊な用法を「専門用語」だと理解していたけれど、もっと広く「男女、年齢、職業階層などの違いによって独特に用いられる単語、また語彙」のことを「位相語」というらしい。勉強になりました。
「独特に用いられる単語、または語彙」であるところの位相語について、ほかにパッと思いつくところで「悉皆調査」の「悉皆」と、「観応の擾乱」の「擾乱」について呟いたところ、意外なほど反響があり、「悉皆」と「擾乱」の用法が続々と集まってきたので忘備も兼ねてここにまとめようとしたのがこの記事の趣旨––––なのだけれど、前置きがずいぶん長くなってしまった。
悉皆
[1] 〘名〙
① 全部。すべて。みな。一切。副詞的にも用いる。
② 「しっかいや(悉皆屋)」の略。
[2] 〘副〙
① 完全に一致・相似する意を表わす語。まったく。まるきり。まるで。
② (打消の語を伴って) 全然。
③ (推量の語句を伴って) きっと。確かに。
「悉皆」はもともと「仏教資料に多く漢文資料には極めてまれ」であり、「仏書の用語」であったらしい。
仏教語としての「悉皆」は、古くは東晋(317-420)の法顕(337-422)訳『大般涅槃経』や後秦(384-417)の仏陀耶舎・竺仏念訳『長阿含経』のうち『遊行経』にみえる。試しに大正新修大蔵経データベースを引いてみる。
阿難白佛。「諸比丘衆悉皆已集。唯願如來。自知其時。」
(大正七・192c)
ここでは阿難の呼びかけによって修行僧が「ことごとく集まった」という意味。
日本では「山川草木悉皆成仏」という語がよく知られている。「悉皆」は「慫慂」と同じような語法で、「悉」は「ことごとく」、「皆」も「みな」を指す。文字通り、心を持たない草も木も「(仏の眼から見れば)すべてが成仏している」という意味だ。
じつはこの「山川草木悉皆成仏」という言葉は梅原猛が使い始めた新しい語で、中曽根康弘のスピーチで使われて一躍有名になったらしく、
中近世ではむしろ、五大院安然(841?-915?)がその著『斟定草木成仏私記』に『中陰経』の一節を引用した「草木国土悉皆成仏」という文句(現在伝わっている『中陰経』にそのような文句はないのだが)が能などを通じてよく知られていた。
安然はこの「草木国土悉皆成仏」を「心を持たないものでも(仏の眼から見れば)すべてが成仏している」という天台宗のスタンダードな見解ではなく、「心を持たないものでも発心・修行して成仏する」と考えたらしい(末木文美士『草木成仏の思想』)。それはともかく、「悉皆」が仏教語として古くから使われていたことは確認できた。
「悉皆」の現代的用法では、自治体が美術・文化財の総調査を行う「悉皆調査」が思い浮かんだが、これはどうやら文化財に限らず国勢調査などでも使うらしい。そのほか、公務員の業界では「全員強制参加、欠席した者は追研修もしくは追試験」の意味合いで「悉皆研修」なる語もあるという。
また、用例②のように、着物を日用的に着用する人の間では「悉皆屋」、「悉皆さん」も馴染み深い語らしい。
〘名〙 (「悉皆」は一切の意で一切を引き受けることを看板に掲げたところから) 江戸時代、大坂で染物・染替・洗張りなどの注文をとって京都へ送るのを業とした者。転じて、染物や洗張りなどを業とする者。また、その店。悉皆。
着物など袖を通したこともないくらい文化に疎い自分にはとんと馴染みがなかったが、関西や上方で使うとの指摘もあったので、地域的な位相語でもあるのかもしれない。
擾乱
最後は「擾乱」について。
〘名〙 (形動) 入り乱れること。乱れ騒ぐこと。騒いで乱すこと。また、入り乱れたさま。
まず真っ先に思いつくのは室町幕府草創期に足利尊氏(とその執事・高師直)と弟・足利直義の対立が全国的な戦乱に及び、最終的に尊氏の勝利に終わった「観応の擾乱」だ。「擾乱」という語は一般名詞であり、歴史史料にも散見される。亀田俊和『観応の擾乱』によれば、「観応擾乱」というフレーズは『師守記』にみえるが、歴史用語としての「観応の擾乱」は日本中世史研究者の小川信が使用したことから定着した、という(p.をつけようとしたが本が見当たらないので後日編集します)。
「擾乱」は気象用語では“disturbance”の訳語として使用されているらしい。気象学は全く分からないが、Wikipediaによれば「大気が乱れる現象」のことらしい。量子力学でも「観測が系に与える影響」という意味で用いられるらしく、「乱れる」、「かき乱す」という意味は変わらない。漢訳仏典でも「擾乱」は心身をかき乱す、かき乱されるという意味で使われている。
以上、雑駁だが位相語としての「慫慂」、「悉皆」、「擾乱」について教えられたところをまとめた。このような「男女、年齢、職業階層などの違いによって独特に用いられる単語、また語彙」は他にも沢山あるだろう。以前静嘉堂文庫美術館の刀剣展に行った際、ある刀剣のキャプションに「総体すこぶる健全」と記されており、刀剣の状態も「健全」と形容するんだな…と思ったことがあった。美術の分野ではこういう事例も多くありそうだ。これからも面白い語彙の用例があれば収集してみたい。
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