『神様の御加護』
『神様の御加護』 【超短編小説 060】
初めて、人に悩みを打ち明けた。
会社の同僚の田村に。
「なぁ田村、神様って感じたことあるか?」
「えっ」
昼休みに行った蕎麦屋で、俺からの唐突な質問に田村はちょっと驚いていたが、一生懸命答えを探してくれている。
「お守りかなぁ。中学受験の2日前にうなされるくらいの高熱が出て、本命の学校を受験できないかもしれないって状況だったんだけれどね、塾のカバンに着けていたお守りがどういうわけか、取れていて、石油ストーブの格子の際に落っこちていて半分くらい焦げちゃったんだよ。おばあちゃんがわざわざ福岡まで行って買ってきてくれたお守りだったからショックだったし、縁起悪いなぁ、って思っていたんだけれど、その日の夜に、熱は下がって、無事受験できて、合格もできたんだよね。家族ではお守りが身代わりになってくれて、受験の神様が守ってくれたっていう話になっているよ。」
「いい話だな」
「ああ、神様がどうかしたのか?」
「お前も知っているとおり、俺は宗教を信仰していて、自分で言うのもなんだが、真面目な方の信者だと思う。子供の頃からきちんと通っているし、年間行事も休んだ事は一度もないし、個人的にも勉強して理解を深めて、布教もしたし、信者を増やすこともしてきた、お金も全て捧げてきたんだ。だけれど今まで1度も神の存在を感じた事はないんだ。神の言葉を聞くとか、神に守ってもらうとか、奇跡が起こるとか、心が救われるとか、病気が治るとか。俺は、人が体験した話を聞くだけで、自分にはそういった体験が全く無いんだ。だから信者同士で体験した事を告白し合う時間に何も言えなくて、悔しくて、寂しいんだ。」
「そうか、それは辛いな。」
田村は続けた
「それ以外の悩みは無いのか?」
「無い」
「今までの人生でいちばんの悩みは?」
「田村、後にも先にも、俺はこの悩みしかない、昔からずっと抱えているんだよ。この悩みを。」
田村は少し身を乗り出し答えてくれた。
「いいかい、僕は無宗教だ。それでも分かることはある。日々の無事を神様に感謝する事は大切なことで、毎日のルーティンだと思う。だけれど、神様を感じる時というのは、神様を必要としている時にほかならない。特に物事が好転した瞬間に人間は神様を感じて、神様に感謝するものだ。
つまり、“苦しい”から“楽へ”、“悲しい”から“喜び”へ、“重い”から“軽い”へ、“悩み”から“解決”へ、と言う具合に、物事の流れが切り替わる時に、人は神に感謝する。
君は、今までの人生の中で悩みは、「神様を感じたことがない」と言うことだけだと言った。それは悩みがない幸せな人生だって事なのさ。十分奇跡だよ。」
「つまり神様の存在を感じない事自体、俺が、神様の御加護の中にいるって事なのか。」
「うん。だと思うよ。」
「だとしたら、俺、やばくね。」
とうとう悩みがひとつも無くなった俺は、
何も考えずに、勢いよく蕎麦をすすった。
テーブルに蕎麦つゆがずいぶん飛び散ったが、
俺の白いワイシャツには一粒もつゆはついていなかった。
神様が守ってくれている。
《最後まで読んで下さり有難うございます。》
僕の行動原理はネガティブなものが多く、だからアウトプットする物も暗いものが多いいです。それでも「いいね」やコメントを頂けるだけで幸せです。力になります。本当に有難うございます。